「 お父様!山本が…瀕死の重体って、どういうことですか! 」 「 、すこし落ち着きなさい 」 「 わたし…わたし、公務の間に騒動に巻き込まれて…それでっ 」 「 その話は聞いている、だからとにかく落ち着きなさい 」 「 は、はい… 」 「 これまで友好にやって来ることが出来たお前にとっては、 今回の出来事はあまりにも衝撃だっただろう… だが事態は思ったよりも早く落ち着いてきている 」 「 では、 」 「 案ずるな、あの混乱はおまえのせいではない。 山本も怪我を負ったが命に別条はない、ことが大きくなりすぎただけだ 」 「良かった…」一通りの事後報告を受け、父親の部屋を訪れていたはホッと胸をなでおろした。「、そんなに心配なら見舞ってあげなさい」「え…?面会は禁じられていたのに…」「メイドもを心配してそう言ったんだろう、なにもわたしは 会うな とは言っていないよ」父親にそう言われ、は確かに、とすこし前にメイドに言われたことを思い出した。あのときは自分もひどく動揺していて、周りの人間にもどうすることも出来ないほどだったらしい。いま思い返してみただけでも、令嬢として恥ずかしい振る舞いだったと悔い改められる。彼女たちにはあとから詫びをいれるとして、それよりもいまは山本だ。「山本は医務室にいるよ」「はい。ありがとうございます、お父様」「ああ。 …」去り際に名前を呼ばれて、ドアノブをひねりかけたはコトンと首をかしげて振り返った。「もう、大丈夫だね?」「ええ、大丈夫です。ご心配をおかけしました」「ああ。行ってあげなさい」は一礼して、父親の部屋を出た。さっきの言葉はきっと もう冷静な判断が出来るね? という意味も含まれているんだろうと、も気付いていたのだ。だからこそ、頷いた。は医務室のまえに立って、大きく深呼吸をするとコンコン、と部屋の扉をノックした。 「 はい? 」 「 です 」 「 お嬢様 ――― どうぞ中へ 」 医者の声が聞こえて、の緊張はすこしばかり高ぶった。だけど、コントロ−ル出来ないほどではない。「お話はすみましたか?」「ええ。ご心配をおかけしました」「お嬢様も大丈夫そうですね。山本さんもつい先ほど、処置を終えて眠られたところです」「そうですか…具合のほうは?」「足に銃弾を受けましたが、命に別条はありません」「そうです、か…良かった」はやっと、ほんとうにやっと安心して、ベッドサイドにあった丸椅子に腰かけた。「彼も、あなたを気にしておられましたよ」「え…?」「相当動揺していたみたいだから、心配だって」「山本…自分の心配をしなければならないあなたがどうして…」「…お嬢様、また何か変化がありましたらお知らせください」「あっ…はい。ありがとうございます、先生」医者もまた、気を遣って席を外してくれたのだろうと思ったは、そっとほほ笑んでぺこりと頭を下げた。「山本…」はやく、はやく声が聞きたい。大丈夫だって言って、笑ってみせてほしい。 「 ――― ん、 」 「 山、本、 」 「 なんだ? …? いてっ 」 いきなり飛び起きた所為か、傷を受けた腹部がちくりと痛んだ。不思議と、銃弾を受けた右足よりも傷の浅かった腹部のほうが痛むだなんて、なにかおかしな話だ。すぐそばに人の気配を感じて、山本は驚いて振り返った。そこにはやはり、眉間にしわを寄せて居眠りをしているの姿があった。先ほどの寝言からも、よほど心配していたんだろうということがうかがえる。いらないことで心配をかけてはならないのに、愚かだと恥じるべきところで、これほどまでも心配してくれる人間がいると思うと、嬉しくなってしまう。彼女の執事で良かったと ――― やっぱり彼女のことがすきだと思ってしまう。山本は深く深呼吸をすると再び寝ころび、の寝顔を見つめた。サラサラと流れるような前髪をそっとなぞってみる。指先からじわじわと、またおなじ感情が浸食していく。だめだだめだ ――― こんなんじゃだめ、なのに。 「 ん…?山本…? 」 「 起きた、か? 」 「 わあっ!す、すみませんわたしっ…いつの間にか居眠りを 」 「 ぜんぜん。寝顔、見られてラッキ−だったぜ 」 「 も…。もう知りません!折角心配していたのにっ…もう帰りますっ 」 「 じょ、冗談だって。そんなに怒るなよ 」 「 冗談にしたってタチが悪すぎます!だいたい山本はっ… 」 不意に手の甲に熱が触れて、はただただ目をぱちくりさせた。「心配をかけたお詫びです」「も…もうっ」「帰る、とは言わせませんよ?オレだってかなり心配だったんですから」「その件は…わたしも、反省してますがっ」「まあまあ、誰もいないみたいですし問題ありませんて」「問題なら大ありです!そもそもっ…きゃ…!な、なにをっ」「だってお嬢様、黙ってくれそうにありませんし。言いたいことがあったから、オレが起きるまで待っていたんでしょう」執事の山本に真面目そうな顔でそう言われ、はただ彼の腕の中でだんまりするしかなかった。やっぱり、山本にはなにもかもお見通しのようだ ―――― なんだか、おもしろくない。 「 けがの、具合は 」 「 もう大丈夫です。優秀なお医者さんのおかげであしたには仕事復帰出来ますよ 」 「 そうですか、それは良かったです。 …あの、 」 「 なんです? 」 「 山本がああまでしてわたしを守ってくれるのは … わたしの執事だから、ですか? 」 「 …誰かに、何か言われたんですか? 」 「 ち、違います!わたしの個人的な意見ですっ 」 「 まさかお嬢様、自分の所為でオレが大けがをしたから、自分の執事から外そうだなんて考えてません? 」 「 だ…だって!事実じゃないですか。わたしが弱いから山本が 」 「 あのですね、様。何か誤解をされているようですが 」 「 ご…誤解? 」 「 そうです。そもそもただの執事なら、何も自分を犠牲になんてしませんよ 」 「た…確かに」ため息交じりにそう言われて、は思考を停止させた。いや、正しくは停止させられてしまった、だ。途端に目線が合って、なんだろうと首をかしげていると、山本がやんわりと口を開いた。「何があっても、俺は様の執事をやめるつもりなんてこれっぽっちもありませんからそのつもりで」「は…な?なにを言い出すのかと思えばっ」「様は頑固ですから、これくらい言わせていただかないと」「で、ですが!まだ質問の答えをいただいておりませんっ」ぶんぶんと首を振り、憤慨した様子を隠そうともしないお嬢様に、山本はただ表情を穏やかにしたまま「そうですね…、いまは…違います、とだけ言っておきます」と言ってをようやく解放した。 「 違う…?それではほかに理由が…? 」 「 まあ、そうなりますね。言っておきますが悪い理由ではありませんよ 」 「 わ、分かってます!お元気みたいですので、自室に戻らせていただきますっ 」 「 なあ、 」 「 は…えっ?き、急に敬語を解くなんて心臓に悪いですよっ山本っ 」 「 どうせもう夜更けなんだし、ここにいれればいいじゃないですか 」 言われて腕時計を見てみれば、時刻は午後2時をすこしすぎたところで、そんなに長い時間居眠りをしていたのかと思うと、ため息しか出てこない。「仕方ないですね…たまにはあなたのわがままにも付き合ってあげますよ」「お?珍しくあきらめが良いですね様」「だってなにを言っても医務室から返してくれそうにありませんし…なんだかもう面倒くさくなっちゃったんです」「…こちらはなんだか釈然としませんが…まあ様が朝までいてくれるなら結果オ−ライです」「あのね山本。人がいないから良いものの…人がいたらわたし庇い切れませんよ?」「ご心配なく。そのときは様も巻き込みますので」「それが執事の言う台詞ですか…」言いあいの末、結局の口からはため息ばかりがこぼれては消えていった。 ベッドサイドロマンス |