日傘を差してまえを歩くお嬢様をまえに見ながら山本は、いますぐにでも手を伸ばして、抱きしめてしまいたい感情と必死に戦っていた。 戦うべきものは、ほかにもたくさんあるというのに ―― そんなふうに自嘲しながらも、いまだにこの思いを止められずにいる自分が歯痒くなった。 しかも一度あふれ出したら止まらないのもまた厄介なところで、きっといまお嬢様に笑顔で振り返られたら抱きしめてしまうだろうなんて思う自分がまたおかしかった。 「重症だな…」ウィンドウショッピングを楽しんでいるお嬢様をなんとなく眺めるようにしながら、ポツリと呟く。うっとうしいほど強い日差しは、 きっといまもお嬢様の透明な肌を焼いているに違いない。時々そんなふうに照りつける太陽に愚痴をこぼしながら、背後を尾行しているであろう「敵」に気を配る。 「まったく、のんきだよなぁ」 お嬢様を見るたびにそう思う。こっちは、お嬢様を守りきれるかとかお嬢様に怪我をさせないかとか心配事が尽きないというのに ―― それも。 そんな思いさえも、お嬢様の笑顔を見るだけですべて吹き飛んでしまうのだから、不思議だ。そんなお嬢様だからこそ、守りたいと思う。 この腕の中に抱いて、ずっと閉じ込めてしまえたらと思わせてしまう、罪深き人。ガシャ、と言う火薬を入れ替える音がして、身構える。 「雨…?」お嬢様がそんなふうに呟いて、ほんの少し振り返る。その表情には、少しだけ不安がにじんで見える。山本は頷いて、日本刀を手に取る。お嬢様も気づいたのだろう、分かったというふうに頷いて、「気をつけて」と口先で音もなくそう告げる。いつものやりとりだから、聞かなくても分かる。 「お嬢様を狙うやつは、オレが全部なぎ払ってやる」 そう宣戦布告をして、「何処からでもかかって来い」と啖呵を切る。ひとつの弾丸が、頬のすぐ脇を通りすぎる。けれども山本は慌てることなく、 姿勢を低くして構えた。そうして、暗闇の先にいるであろう「敵」を目に見えぬ間になぎ払う。「貴様…ッ、」まだ息があるらしい、そんな声が聞こえる。 次の瞬間、まさに最後の気力を振り絞るように、恐らく最後の弾丸が弾かれた。その弾丸が、わずかに右足のくるぶしのところをかすめた。 もちろん致命傷には至らなかったが、やっぱりそれなりに痛みはあった。血のにじむ右足を支えるようにしながら、歩く。早く、お嬢様に会わなくては。 報告、という意味もあるけれど、なによりもまずお嬢様を安心させてあげなくては。きっといまごろは、不安に駆られながら ―― けれどもその不安を悟られないように、 震える手を自らの手でもって押さえているはずだ。彼女はなにより、自分よりも他人が傷つくことを恐れるひとだ。そして自分は、そんな彼女に惹かれたのだから ―― 強く、強く。 「山本、」この雨に流されてしまいそうなほど小さな声で呟いて、ただじっと彼の帰りを待つ。確か彼は、あの角のあたりで姿を消した。 あのあたりはちょうど、人通りの少ない場所のはずだ。ただその一点だけを眺めて、両手を握り締める。戦闘のあとにいつも握り締めてくれる、あの大きな手のひらを思い出すようにしながら。 「お嬢様、」そうして少し経ったころ、パシャパシャと水を弾く足音が聞こえて、はパッと顔を上げた。そこには確かに、待ちわびたひとの表情があった。 「やま、もと…良かった…」 「お嬢様…震えてますよ」 山本はそう言って、少し疲れたような笑みを浮かべた。そうしてまだ震えているの手を握り締めて、「もう大丈夫です」と言った。 その言葉はすべてが終わったことを意味している、と山本の合図のようなものだ。敵は片付けたし、震えも止まった。自分もここにいる ―― だから大丈夫だ、と言ってくれている。 「良かった、山本…。ほんとうに」良かった、と続けようとしたけれど、涙の所為で声にはならなかった。けれども分かっている、と言うように彼は強く頷いてくれた。 それだけで、十分だった。だけれど山本は、そっとを抱きしめた。傷ついた足を少しだけ引きずるようにしながら、だけれど自分のことを考えて、そうしてくれる。 「大丈夫です…雨が止むころには…きっと、大丈夫です。山本」 近くに聞こえる息遣いをほんの少しだけ気恥ずかしく感じながら、そう呟いた。大丈夫 ―― あなたがいるから、大丈夫。ありがとう。は何度も何度も、脳裏でそう反復させた。 雨は、もうすぐ止みそうだ。 ふりかえると雨の降る |