カキ−ン、という景気の良い音がして、わたしは思わずボ−ルが飛んでいった方向を眺めた。いまのはたぶん、田島君が放ったホ−ムラン、だ。 どうやら三橋の球種のひとつを見切って、打ったのだろう。マウンドから、スタンドから、歓声が上がる。

ちゃん、終わった?」
「千代ちゃん。うん!いまの、田島君?」
「うん。きょう二本目だよ、すごいよねぇ」
「へぇ〜そうなんだ!三橋君の球、打つの難しいって言ってたのに」
「あ!そろそろ休憩みたい、行こう」

野球部のマネ−ジャ−、篠浦千代に促されて、うんと頷いて彼女について歩く。 ほんとうはわたし、はなんの部活にも入るつもりはないんだけど、親友の手伝い、ということでこうして野球部のマネ−ジャ−の手伝いをしている。 それにしても、きょうも暑い。この炎天下だ、きっと彼らもつらいに違いない。はそう思い人数分のドリンクが入ったボックスをひょい、と抱えた。

さん、だいじょう、ぶ?」
「わっ?びっくりした…三橋君か。うん、大丈夫だよ〜これくらい平気!」
さんって力持ち、なんだ、ね」
「えへへ、そっかな?そんなことないと思うけど…。
 はい、これ三橋君の分!きょうも暑いからちゃんと水分取ってね〜」
「うん。ありが、とう」
「どういたしまして!」

ひょっこり姿を見せた三橋にタオルとドリンクを手渡し、ミ−ティングが終わったらしい部員たちにもそれらを配っていく。 不意に、立ち上がったばかりの阿部と目が合う。はそうだ、と何か思い出した顔をし、一人分のドリンクとタオルを持って駆け出した。

「阿部君もお疲れ様!はい、どうぞ」
「お−、サンキュ。にしても珍しいな、が手伝いなんてさ」
「千代ちゃんに誘われたのもあるけど…暇だったし。たまには良いかなと思って」
「家でごろごろするよりは?」
「ま、まぁそんなところかな!阿部君もちゃんと水飲んでね〜倒れちゃうよ〜」
「へいへい。分かってますよ」

早く仕事に戻れ、とでも言うように片手をひらひらさせる阿部を見下ろしていたは、何となくむっとなって、ずっと気になっていたことを尋ねてみた。

「阿部君ってさ」
「あ−?」
「よく中腰になってるでしょ?つらくないの?」
「そんなこと気になるのか?」
「だって、試合中とかずっとその姿勢でいなくちゃいけないのって、つらそうだな〜って」
「まぁ、慣れればどうってことね−よ」
「ふ−ん?そんなもんなのかな?」
「そういうもんだ。用事はそれだけか?」
「え?ああ、うん、それだけだよ?」

もう良いだろ、と言ったのが聞こえ、はう−ん、とひとつ首を捻った。なおも動こうとしないに、阿部は彼女のほうを振り向いた。

「なんか用か」
「用事はないんだけど…阿部君とちゃんと話したの初めてだなって思って」
「…そういやそうかもしれね−な」
「だからね〜なんかこう、嬉しかったの。ありがとう」
「別に、礼言うほどのことでもねぇだろ」
「そうなんだけど…何となくお礼が言いたかったの。練習、がんばってね」

にっこりと ―― そう、ほんとうにひまわりのような笑顔を浮かべて、は仲間たちのところへ去っていった。心臓が、ばくばくと高鳴ってうるさい。 なんなんだ、これ。おまけに、体中が暑い気がする。それはたぶん、この炎天下がもたらす暑さの所為に違いない。きっとそうだ。 それ以外に考えられる理由は思い当たらない。阿部は気を紛らわせるために深呼吸をして、が手渡してくれたドリンクを一気に飲み干した。 花井の掛け声で練習は再開され、みんなそれぞれの持ち場に戻っていく。夏の終わりの、最後のセミが、きょうも忙しく鳴いている。


阿部 微笑むたび キラキラと
070917