「38度…うっそぉ…」放課後の、保健室。目が覚めて保険医のすすめで熱を測ってみると、平熱をはるかに超える数値が出され、は大きくため息を吐いた。 このところの無理がたたったのか、かなりの高熱だ。道理で、朝から体が熱いような気がしていた。「どうだった?」そう、保険医に聞かれ体温計を見せる。 すると彼女は「そう… 部活は早退して、早く休んだほうが良いわ。ちゃんと先生に診てもらってね」と言い残し、どこかへ行ってしまった。 「38度…」 再度呟き、もう一度ため息を吐く。「よお、病み上がり」不意に、聞き覚えのある声が聞こえ、はほんの少し眉間にしわを寄せた。「阿部」ぶっきらぼうに名前を呼んでみれば、 当人は「なんだよ、折角様子を見に来てやったのに」と少し余裕のある表情でそう言った。…なんか、悔しい。がぷく、と頬を膨らませていると、阿部は自販機で買ったらしいミネラルウォ−タ−を差し出した。 「んなことより、具合はどうなんだよ」 「へ?あ…ありがとう。 ふふ、あんまりよくないみたい」 「なんたらは風邪をひかないんじゃなかったのか−?」 「知らないよ−そんなことわたしに言われても」 そんなふうに言いながら、阿部が差し入れてくれたミネラルウォ−タ−を口に含む。「38度ぉ?良く無事だったなあ、お前…」検温結果を知らせると、案の定驚かれた。 同時に、気づくだろ、普通…なんていう声も聞こえそうで、はただ苦笑いを浮かべることしか出来なかった。どれもこれも、阿部の予想どおりだから、反論の余地もない。が頬を膨らませたままでいると、阿部は苦笑して両手をの頬にあてるようにして、「ガキかお前は。 監督には俺から言っておくから、早く帰って休めよ」と言った。 「うん…?」 「なんだ? 何がそんなに腑に落ちねんだよ」 「なんか…阿部が優しい…?」 「あほ言ってね−で、さっさと休め!もうすぐ大きな試合控えてんだから、いまお前に倒れられちゃ困んだよ」 分かったか?と念を押して、阿部は保健室をあとにした。「…相変わらずうるさいなあ阿部は」呟いて、くすくすと微笑む。わたしは三橋か、と自分にツッコんで、ベッドにもぐりこむ。 だけど、わたしは知っている。阿部があんなにもうるさいのはチームメイトを思うゆえで、ほんとうはとても優しいのだと。だからみんな、阿部が副主将になっても反論しないんだろうし、三橋とのことも何も言わないんだと思う。はそう思いながら、ゆっくりと目を閉じた。ひやりと冷たいベッドが、心地よい。家族に連絡してくれるって先生も言っていたし、少しの間横にさせてもらおう。どのみち高熱で動けそうにもなかったから、ちょうど良い。 「お−い」 「ん−」 「起きろ、!帰んぞ」 「んん、もうちょっと…」 練習を終えて、気になってもう一度来てみれば、やっぱりこれだ。もう家に帰って休んでいるころだろうと思っていたのに、どうして彼女はこうなんだろう。 何もかも、自分で解決しようとするくせはまだ直っていないようだと嘆息し、阿部はため息混じりにの寝顔を見つめた。「黙っていれば良いやつなのになあ」つい、本音がもれる。 寝ているから良いものの、実際本人に聴かれていたら容赦なくかかと落としが降りかかるかもしれない。中学時代、彼女は空手をやっていたと聞いているから、実力は本物だ。 「お−い起きろって!病人に乱暴するわけにゃいかね−だろうが」 「むあ…」 「仕方ね−な−」 いくら起こしても起きる気配がない。阿部は後頭部をかきむしり、「起きてくださ−い」とペン先でつつく。「いたっ!なにす…!あ…阿部…?」驚いて飛び起きるに、大袈裟にため息をもらす阿部。「いっ…頭…痛い」頭痛が走ったのか、が頭を抱える。予想していたが、あとが怖いためとりあえず「いきなり起き上がるからだろ。おら、帰んぞ」と言って、の荷物を手渡し立ち上がる。 阿部自身もまた、エナメルバッグを肩に下げ、が起き上がるのを待つ。気になることはほかにもあったが、花井にも「行ってやれ」と言われたため、部のことは花井に任せてこうしてやって来たわけだが、 なにもこいつのためにここまでしてやる必要もなかったんじゃ・なんていう思いが自然とわきあがる。そんな思いがにも伝わってしまったのか、彼女は「野球部、残りたかったんじゃない?あたしならもう大丈夫だよ」と言って、 休んだら楽になったし・と付け加えて微笑んだ。のこういう気丈というか、頑固なところははじめて部で会ったころからぜんぜん変わっていないんだ・とため息を吐く。 「花井に全部頼んであるから大丈夫だ」 「ああも−!そうじゃなくって。 あたしのことなんかより部に戻れって言ってんの!」 「はぁ?なんでお前にんな言われ方されなきゃなんね−んだよ」 「同じチ−ムメイトだから、心配してくれるのはありがたいけど…野球したいって顔に書いてあるよっ」 言われて、阿部は目を見開いた。そうしたら、はニコッと微笑んで「図星でしょ」と言った。そのまま、覚束ない足取りで昇降口を出ると、「ありがとね−阿部−。またあした−」と手を振る。 いまにも倒れそうな歩き方で、見ているだけですごく危なっかしい。花井の様子が真剣だった理由が、なんとなく分かった。そうでもしなければ、はきっといまごろ路上で寝転んでいたかもしれないのだ。 花井の観察力にはかなわないな・と嘆息し、阿部は慌ててを支えに向かう。「阿部…?みんな、待ってるよ」の弱弱しい声に、阿部は「ば−か。待っちゃいねえよ、むしろ戻ったりしたら俺が花井にどやされる」と苦笑した。 「そっか…花井君だったんだ。 お礼、言っておかなくちゃ…」 「良くなってからな。 ほら、乗れ。お前危なっかしいし…」 「阿部も…ありがと…」 限界だったらしい、自転車にまたがってすぐ、はすやすやと穏やかな寝息を立てた。肩越しにを見やりながら、小さくため息を吐いた。腰にしっかりとの腕を巻きつけて、坂道をくだる。夕日を目前に、はるか前方を見据える。の家は、もうすぐそこだ。 優しい眠りにつくまでに |