「−!帰ろうぜ−!」練習の疲れを感じさせないくらい元気な声に、はぱっと顔をあげて声のするほうを振り返った。声の主は、ずっとずっとまえから、が思い続けていた相手 ―― 田島悠一郎そのひとだった。は、委員会も部活も早くに終わっていたのだけれど、 野球部よりも早く終わることがある。そういうときはこうして、校門のまえで田島が出てくるのを待っているのだ。 そのとき決まっていっしょにやってくるのが ―― 「あ。こんにちは、三橋くん」あの、三橋だ。三橋とは席が隣同士で、時々話をするのだけれど、いまだに会話がかみ合わないことがある。 「こ! こん、にちは!、さん」 「うん。部活、お疲れ様!いつもこいつといっしょにいると、疲れるでしょ」 「そ、そんなこと、ないよ!た 田島君のおかげで いつも 楽しい し」 おや?きょうはなんだかいつもより会話が続いているぞ。 はそう思うと、なんだか嬉しくなって「そっか。やるね、田島」と田島のほうを振り返った。 すると田島は「おお!」と言って満面の笑みを浮かべて見せた。ニカっと笑う、あの太陽よりもまぶしい笑顔に、単純なこの心は簡単にぽかぽかと暖かくなっていく。 三橋君と話している間にも、水谷君や沖君、須山君、泉君、栄口くんなど続々と田島君のチ−ムメイトたちが校門をすり抜けていく。最後に阿部君と花井君、篠岡千代ちゃんがやって来て、 「なんだ田島、三橋。まだ帰ってなかったのか」花井君が驚いたふうにそういうと、今度は阿部君が「だろ」と分かりきったように言うので、は「そうなの。ごめんね、みんな疲れてるのに」と嘆息した。 「い−って!が謝ることじゃないし。だって部活に委員会、お疲れ様じゃんか」 「そうそう。お互い様だよ、ちゃん」 「そう だよ!」 「みんな…ありがと。じゃあ、練習がんばってね!またあした」 「おお。三橋、あとで田島に謝っとけよ−?」 花井君がそう言ったのを最後に、と田島はそろって背を向けた。ははは、っていう仲間たちの笑い声が心の中に生まれたいろんなものを解きほぐしてくれる。 あれが、田島のチ−ムメイト。みんな優しくて、笑顔が素敵なひとたちばかりだ・って会うたびに思う。みんながいて、野球があったから、 わたしは田島悠一郎っていうひとと出会うことが出来たんだ・なんて物思いにふけっていると、田島が「な−んか、不公平だよな−!」と、どこかおもしろくなさそうにそう言ったので、の思考はかち・と固まってしまった。 「た、田島君?何が… 不公平 なの?」 「ん−?だあってよ−。、三橋たちと話してばっかじゃん」 「え…ええと? そう、だね…?」 「だから−!待ってくれてたには悪いけど!俺は少しでもといっしょに話してたかったわけ!」 分かった? と顔を覗き込む田島の表情は真剣そのもので、は思わず息を飲み込んでしまった。しばらくの間のあと、は我に返って「う…うん、ごめんね?」と言ってちょっと困ったふうに笑みを浮かべた。 まさかそんなふうに思っていただなんて、思ってもみなかったから、ちょっとびっくりした。ちょっとっていうか、かなり。田島くんて、何にも考えてなさそうなイメ−ジがあったんだけれど、 やっぱりぜんぜん、そんなことなんてなかった。自分たちのこともちゃんと考えてくれていたし、いまみたいに 嫉妬 したりするんだ・って、そんなふうに思ったら、自然と笑みがこぼれた。 そうしたら今度は田島が「なにがおかしいんだよ」としかめっ面をしたので、は「なんでもないよ」とだけ言って、ゆるゆると首を振った。こんなにもささいなことが嬉しいだなんて、この間まではぜんぜん知らなかったんだよ、ねえ…田島くん。 「な−んか、あやしい!」 「そう? そんなこと、ないと思うけど?田島君の考えすぎだよ、うん」 「いいや、怪しい!言わないとの家に押し入るぞ−」 「え!それは勘弁…! ていうかほんとうにたいしたことじゃないから!思い出し笑い!」 はそう言って、ぐんぐんとまえを歩く。「!」数秒遅れて、田島もに追いつこうと歩き始める。距離はみるみるうちに縮んでいって、それは見えていなくても分かるくらい鮮明で、どうしてか不思議だった。 数ヶ月前まではあんなにも遠く感じていた距離が、いまではたやすく近づける距離にある。そんなことを考えていたら、不意に手首が温かくなった気がして、は驚いて振り返った。 見覚えのないまじめな表情に、どきどきと鼓動が高鳴る。「田島 くん?」名前を呼んでみると、田島はに、と悪戯っぽく笑って「手、つなごうぜ!」なんて言うことを言い出したもんだから、の心音はまた早くなっていった。 「え… えええ?ど、どうしてそうなるの?」 「なんでって… 俺がそうしたかったから?」 「そ、(そんな恥ずかしいことを…良くまあ淡々と…!)」 が地団太を踏みたい気持ちでいると、田島は「な?」とお構いなしにねだってくる。男の人と――しかも、いままでずっとすきだったひとと手をつなぐだなんて。恥ずかしすぎて出来っこない。 無理無理!絶対無理! と一生懸命首を振っていると、「そんなに嫌なのか?」ていうちょっと寂しそうな声が聞こえて、はぴくっと肩を震わせた。きっといま、田島を傷つけてしまったに違いない。 部活後の、しかも帰宅時間中でしか得られないふたりだけの貴重な時間。そういう時間に、手をつなぎたいだとか思うのは男のひとにとってみれば普通のことなのかもしれない。 だけど…ほんのちょっとくらい、わたしの気持ちも分かってほしいなあ・なんて思ってしまう自分は、やっぱりわがままなのかな・と気落ちする。 「ごめんね…? 嫌じゃないんだけど…なんていうか」 「あ−、謝んなくて良いよそこは。 が嫌だっつってんのに無理に手ぇつなぐことないし」 「田島君…あの、」 「ん−じゃ−なあ…」田島は何か考え込むように腕組みをして、だけれどすぐに顔をあげた。「俺のこと、悠一郎って呼んでみ?そしたら手をつなぐのは延期する!」 …何を言い出すのかと思えば。 だけれど、どことなく彼らしいとは笑みを浮かべながら「ありがとう、悠一郎」と言った。我ながら、ストレ−トに言えたんじゃないか・って驚いてみたりするけれど、ちゃんと言えて良かった。「あ−、やべ。俺もう限界かも…!わり、」不意に、田島のそんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間半ば強引に指を絡められた。さっきの約束はなんだったんだろう・てちょっと思ってみたけれど、そんなことさえどうでも良いって思えてしまうくらい、気持ちが浮き立っている。 きっとこんな気持ちを 嬉しい って言ったり 幸せ って言ったりするんだろう。そんなふうに思える時間を、ちょっとずつ増やしていきたいな。 唇に誘われて、 |