もうすぐ試験が近いということで、きょうもみんなで勉強会をした。ちょうど部活も休みだったため、夕方からは結構時間が余ってしまった。 わたしは千代や部員のみんなを見送りながら、散らかったままの部屋を見回して、小さくため息を吐いた。片づけくらいしていってくれたら良いのに…。 細かいひとは身の回りだけでもきちんと整えて帰るのに ―― ごく一部のひと(田島とか三橋君とかその他いろいろ)の所為で、ぜんぜん綺麗な感じがしない。 不意に、コンコンという、部屋のドアがノックされる音がして、わたしは片付けの手を止めて顔を上げた。そこには何故だか、阿部がいた。

「あ、阿部?帰ったんじゃなかったの?」
「んなに驚くこともね−だろ。つ−かオレは帰るとか言ってね−ぞ」
「へ…?そうだっけ」
「ああ。ついでに言うと近くの自販機にジュ−スを買いに行っただけだ。
 お前、ほかの教科教えてもらうのに手一杯で、数学まで回ってこなかっただろ」
「あ…それでわざわざ残ってくれたんだ…?ごめんね、あしたも大変なのに」
「別に良いよ、こんなのしょっ中だし。休憩入れたら始めようぜ」
「う、うん!ありがとうね、阿部」
「…お−」

阿部は何故か顔を隠すようにして片手をひらひらと振って、わたしに背を向けた。そうしてテ−ブルの上に二人分のジュ−スを置いて、 かばんの中から学校でいつも読んでいるスポ−ツ雑誌を広げた。阿部ってほんとうに、野球がすきだよね…。そう思ったらなんだか嬉しくなって、 自然と笑みがこぼれた。わたしが笑っていることに気づいたらしい阿部は、なんだよ、とでも言いたそうに眉間にしわを寄せた。

「なんでもないよ。そ−だ!お菓子持って来るね!ちょっと待ってて」
「良いよ、別にんな気を遣わなくても」
「ジュ−スおごってもらったんだもん。これくらいどうってことないよ!遠慮しないで」

わたしはそう言って阿部をひとり部屋に残し、キッチンに降りて適当なお菓子をひとつふたつ手に持ち、再び自室に戻って来た。 そしたらなんだか部屋が騒がしい感じがして、部屋にあるテレビがついているのだと気づいた。 ちょうど、阿部がニュ−ス番組のスポ−ツのコ−ナ−を見ていたところだった。わたしはテ−ブルにお菓子を広げながら、阿部といっしょに野球中継の場面を見た。

「阿部ってさ、家でメジャ−中継とか見ないの?」
「あ?あ−、あんま見ね−なあ。ニュ−スで試合結果見るくらいかな」
「ふうん…?あ、お菓子。良かったらど−ぞ」
「おう、サンキュ」

ふたりでお菓子をつまんでいる間に、スポ−ツコ−ナ−は終わり、芸能コ−ナ−に代わっていた。連日報道されている、年の差で結婚した芸能人のニュ−スだった。 「このふたり、すごいよね−。年の差10だって、考えられないよね!」お菓子をつまみながら、驚愕の声をもらす。そんなわたしに、阿部は「そ−か?」と、 何処か興味なさそうに返事を返してくる。やっぱり、阿部は野球のことしか興味がないみたいだ。それが阿部らしいといえばらしいのだけれど ―― 。 わたしはこんな阿部を見るとき、彼は野球中毒だ、と思うことがある。三橋君が投球好きなのとおんなじように、阿部も三橋君に負けないくらい野球がすきなんだと思う。 そういうひとたちを観ているのは嫌いじゃないけれど、時々心配にもなる。こんなに野球のことばっかり考えていて、ほかのことは大丈夫なんだろうかって(たとえば、恋愛とか!) 思えばわたしたちは普通の高校生で、そういうものに関心を示し始める時期なのに ―― そう思ったわたしは、何となくテレビのふたりを観ながら「阿部は、このふたりどう思う?」 と、率直に尋ねてみた。そうしたら阿部は目を見開いて、ちょっと意外そうな顔をした。何よ、その顔は!

…お前、んなもんに興味あんのか?」
「ちょっと気になっただけだよ。年の差結婚ってどう思う?って聞いてみたかっただけ!」
「ふうん?そ−だな…あんま興味ね−けど、そいつらが良いんなら良いんじゃね−の」
「わ−、他人行儀だね阿部!」
「だから興味ね−っつってんだろ。こそ年の差なんて考えらんねーんなら俺に聞くなよ」
「うっ…すみません…。ちょっとした興味本位だったのに…阿部ってすぐムキになるよね…」
「なってね−よ、事実を言ったまでだ。おら、勉強すんぞ」

わたしは阿部がテレビの電源を切っているのを何処と無く見つめながら「は−い…」と、渋々返事をした。そうしてお菓子をテ−ブルの隅に追いやり、 テキストとノ−トを広げる。シャ−ペンを鳴らす阿部を見上げながらわたしは「さっきの話しに戻るけど」と、話を戻した。 すると阿部はあからさまに迷惑そうな顔で戻すなよ、と訴えるかのように少しだけわたしのほうをにらんだ。うわ−、阿部ってすごく分かりやすい! そう思ったわたしはなんだかおかしくなって少しだけ口元を緩めながら「やっぱり、恋愛するなら年相応が良いよね?」と、あえて尋ねるようにそう言った。

「興味ね−。その話はもう終わりだ、どっから分んね−んだよ」
「阿部の馬鹿…おもしろくないなあ。え−と…全部?」
「聞きながら言うんじゃね−よ、虚しくなんだろが!つ−か馬鹿はお前だ」
「事実だけどひどい…阿部ってやっぱりひどい奴だよね…」
「あ−はいはい、勝手に言ってろ。んじゃ−範囲の始めっからやんぞ」

盛大にため息を吐いて範囲のいちばん最初のペ−ジを開く阿部を見つめ、わたしは年相応が良いな…出来るなら、阿部とが良い。そう聞こえないように、こっそりと呟いた。 そうしたら阿部は案の定「なんか言ったか?」と聞き返して来た。阿部のことだ、おそらく気づいていないだろうし気づいたとしてもさほど興味を示さないだろう。 そう思ったわたしはゆるゆると首を振って「ううん、なんでもないよ」と言った。いまは、この時間がすごくすき…だから、この気持ちはもうしばらく、胸の奥にしまわせて。

ぼくらがえらびとる曖昧