きょうは、文貴の誕生日。だからというわけじゃないけれど、久しぶりに彼を家に誘ってみた。もちろん、食事をご馳走するために。 …こんな言い方していると、恋人同士か何かかと思われそうだけれど、残念ながらそうじゃないんだ。わたしたちは ―― そう、ただの幼馴染。 お互いの家がご近所さんだったことから始まって、お互いの家を出入りする関係にまでなった。それがいまとなっては嬉しいやら恥ずかしいやらで。 そう ―― 気づいたひともいるかもしれないけれど、わたしは、文貴のことがすきだ(…冷静に言ってるように聞こえるけど、すんごいどきどきしてるんだよいま!) いつから、なんて覚えていない。気がついたらすきになってた。やっぱり、野球してる文貴がいちばんすきだなあって思っていたら…いつの間にか。 ありきたりすぎるよね。だけど、いま現在、それ以外に理由は考えられないんだから認めるしかない、んだと思う(ほんと、どうしてこんなやつをすきになっちゃったんだろう) 「おかわり−!…?どうしたんだよぼうっとして」 「へ?あ…う、ううん!なんでもないよ!おかわりね!任せて−」 名前を呼ばれて、我に返る。わたしは文貴からお茶碗を受け取って、気づかれないようにこっそりとため息を吐いた。 危ない、危ない…文貴には、この気持ちを悟られないようにしなくっちゃ。…どうしてって、だって、やっぱり、怖い。 この関係が崩れちゃうんじゃないかって。その気持ちが邪魔をして、一歩踏み出せないでいるのもまた事実だけれど ―― 。 ああもう、この思案も今まで何度繰り返したことか。いい加減、うんざりしてくる!だけど ―― それでも(やっぱり、文貴がすき、だな) 「そういやあ、」 「え、な…なに?」 お茶碗を文貴に手渡しながら、しどろもどろに返事を返す。文貴は少しだけ不機嫌そうに眉間にしわを寄せて「きょう、阿部たちといっしょにクソレフトとか言いやがっただろ」と言った。 …なんだ、そのことか。わたしははしを手に取りながら「いい加減フライくらい取れるようになりなよ−。ほんとうに西宏君にレギュラ−とられちゃうよ」と、言い返してやった。 すると文貴はますます怒気を露にして「そういう話じゃね−よ!」と、そう吐き捨てた。な、なんでそんなに怒ることがあるの?こんなの、いつものやりとり、のはずなのに。 「じ、じゃあどういう話なの…?」 「それは…」 「文貴…?」 呟くように、名前を呼ぶ。文貴の握った拳は、小刻みに震えていて、それが怒りの所為なのかほかに理由があるのかは分からないけど、その震え方は尋常じゃなかった。 きっといま、手を添えてみたって振り払われるのは目に見えてる ―― だからわたしはもう一度「文貴、」とだけ名前を呼んでみた。 やがて彼は大きく深呼吸をして、もう一度わたしと向き合うような姿勢を作った。視線が、顔が、すごく、近い。 「あれじゃあ…」 「…え、なんて?」 「あれじゃ、と阿部がつるんでるようにしか見えないんだよ」 「へ…?どういう意味…?」 わたしが意味が分からない、と言う意味を込めて首をかしげると、文貴は「 ―― っ、だから!」と余計に声を張り上げた。思わず、びくっと肩が跳ね上がる。 それを見た文貴は我に返ったのか「…驚かせてごめん、」と言って席に座りなおした。わたしはふるふると首を振って「大丈夫だよ」と答えた。 文貴ははしを手に「いい加減、気づけよ」と、呟くように ―― いまにも消えそうな声で、そう言った。 「え…と、よくわかんないけどごめんね。折角の誕生日なのに…わたし」 「…それはもう良いよ、もともとは俺の所為なんだし。は悪くね−って」 「文貴…うん、ありがとう。だいすきだよ」 「…へ…?いま、なんつった?」 …え…え?わたしのほうこそ、知りたい。わたしはいま、なんて言ったんだろう ―― ?文貴をすき、って言った?それも、大の字をつけて? 確認するように言葉を反復すると、わたしの頬が少しずつ熱を帯びていくように感じた。わたし、いま…告白、しちゃったんだ!(う、うそ…!) 状況を把握したわたしは、恐る恐る文貴のほうを向いてみた。やっぱり ―― すごく、驚いたような顔をしてる。ああ、どうしよう。断られたりしたら、わたし…! 断られるのを覚悟して、わたしはぎゅっと、強く、両目をつぶった。文貴の「それ、ほんとうなのか…?」と言う言葉が、耳に届く。同時に、ゆっくりと頷いた。 「良かった…!一方通行じゃなかったんだな…!」 「…は、はい?あの、文貴?話が見えないよ、どういうこと?」 いまいち話の先が見えないわたしは、目を開いて文貴を見る。文貴は、ほんとうに嬉しそうな笑みを浮かべて「俺もがすきだってことだよ!」と言った。 う、わあ…文貴って、こんなに嬉しそうな顔して笑うんだ…そんなことを考えていたら、文貴の顔が目のまえにあって、思わずわたしは後ずさりしそうになった。 「なあ、」 ―― 文貴は真剣な顔をして、わたしの名前を呼んだ。なに、ってわたしが答えたら文貴は「おめでとうって、言ってくれよ。そうしたら俺、もう何もいらないからさ」と、 真夏の太陽や、輝くひまわりにも負けないくらいの満面の笑みを浮かべてそう言った。わたし、いまならなんだって言えそうな気がするよ ―― 「誕生日おめでとう、文貴」 交差するドロワット |