わたしは、野球が大好きだ。高校野球のみならず、メジャ−リ−グだってどんなに小さなゲ−ムだって、草野球だって見に行く。 ちなみに、メジャ−リ−グはテレビで、だけれど。そりゃ、生で見られたらすごいけど、わたしはごく普通の女子高校生。 家族内にメジャ−リ−ガ−がいるわけでもなく、融通を利かせてくれる知り合いがいるわけでもないから、もちろんテレビ観戦。 どれくらい野球がすきかって聞かれたら、恋愛なんて目じゃないくらい、って答える。以前、そんな感じの話をしたら、 友達に「お嫁に行きそびれちゃうよ−」なんて、笑いながら言われてしまった。いいもん、お嫁さんなんてまだいけなくても。 「ふ−きょうも熱いね−」 「ほんとうだねぇ…はい、ちゃんも少し休んだら?」 「え、良いの?わたし仕事の半分も終わってないのに…」 「休むって言っても、日陰でドリンク飲むだけだよ。はい、どうぞ」 わたしは「そか」と呟くように言って、千代ちゃんが差し出してくれたドリンクを受け取り、木陰へと移動する。 そこはちょうど、ボ−ルがよく飛んでくるところで、わたしはしめた、と思った。それからしばらくは大人しくドリンクを飲みながら、 みんなの練習を眺めていた。いまは、バッティングと投球練習の真っ最中。そこへきょう最初のボールが飛んできた。 「お−、よく飛んだね。田島君、はい」 「サンキュ−!あれ、仕事は?」 「千代ちゃんに了解もらって小休憩中−」 「へ−え。確かに、きょうは熱いもんなあ。女子にはきついか」 「あはは、私はぜんぜんそんなことないんだけどね−」 「そうは見えねぇから休憩やってんだろうに」そんな、田島君の呟き声が聞こえなかったわたしは「え、何か言った?」と首をかしげる。 田島君は少しだけため息を吐いて「いんや、何も!」と言ってボ−ルを受け取った。わたしがまたドリンクを飲み始めていると、 田島君が不意に「なあ、きょうの家に行っても良いか?」なんていうことを言い出した。思わず、飲みかけていたドリンクをこぼしそうになる。 「っ…危ない危ない…ど、どしたのいきなり?」 「いや−の家前々から行ってみたいって思ってたんだよ。 それに、野球漫画いっぱい持ってんだろ?良かったら貸してくれよ」 「あ−なるほど、そういうことね!おっけ−、良いよ! きょう練習昼までで良かったね−なんだったらお昼も食べて行ったら?うちきょうカレ−だし」 ついで、というつもりでそういったら、田島君はほんとうに嬉しそうな笑顔を浮かべて「まじ!ラッキ−!のお手製?」そう言った。 わたしは目を丸くしたまま「う、ううん。お母さんが作ってくれたんだよ。でも処分に困ってたみたいだったから」と答えた。 すると田島君は何故かガッツポ−ズを決めて「っし、気合入った!じゃあきょうん家行く!げんみつに!」そう言い、バッティングを再開した。 その直後、カキィン、という景気の良い音がしてわたしは思わず空を仰いだ ―― ホームラン。やっぱり、田島君はすごいなあ。そうして、練習後。 「よ!マネジの仕事すんだか−?」 「うん!あとは千代ちゃんに戸締りをお願いするだけだからちょっと待ってね−」 「う−い」 待ちきれなかったんだろう、田島君はほかのどの部員よりも早く更衣と準備を済ませ、ベンチにいたわたしのところへ駆け寄ってきた。 そんなに急がなくても良いのに、とわたしは苦笑しつつ洗濯物をしまい込んでいた千代ちゃんに鍵を手渡して「お先、ごめんね。お疲れ様」と言った。 千代ちゃんは「用事なんだもん、仕方ないよ。ちゃんもお疲れ様」そう言って、笑顔で見送ってくれた。千代ちゃんって、ほんとうに可愛いな。 「よ−し!カレ−に向かって出発−!」 「あはは。出発−」 「そういや徒歩だったよな!後ろ乗れよ。案内してくれたら分かるし」 「え。ええ!?でもいいの?」 「お−よ。カレ−ご馳走になるんだしな!」 田島君はそう言って太陽にも負けないくらいの笑顔を見せた。ああ、こんなにも眩しいって感じるのは、あの照りつける夏の太陽の所為なんだろうか。 きっとそれだけじゃない。心の中のわたしがそう呟いたように聞こえた ―― うん、そうかもしれない。だからね、夏ってなんだか不思議だね。 わたしは田島君の運転する自転車の荷台に乗りながら、空を仰いだ。真夏の空は、きょうも青くて、眩しかった。それから、数分後。 いつの間にか自分の家に着いたんだろう、田島君が顔を覗き込むようにして「おい、ついたぞ。熱中症にでもなったか?」と、心配そうに声を掛けてきた。 わたしははっと我に返って「ううん、なんでもないよ。ちょっとね、空が青いなあって思ってただけ。入ろう−」そう言い、田島君を我が家に案内する。 「適当に掛けて良いよ!いまカレ−温めるから」 「俺も手伝うよ。お邪魔してんだし、手伝いくらいしね−とな」 「良いよ、そんな気を遣わなくても。田島君はお客さんなんだから」 わたしがそういうと、田島君も観念した様子で「まあ、がそういうんなら仕方ないか−」と言い、椅子に腰掛ける。 それを見たわたしは満足げに笑みを浮かべ、キッチンに向かう。コンロに火をつけ、なべをかき混ぜる ―― そして、数分後。 カレ−が手ごろな温度になったところで、ご飯を盛り付けようと食器棚に手を伸ばす。不意に、わたしの野球漫画に読みふけっている田島君の姿が映った。 「何読んでるの?…ああ、エイチツ−か。くにみくん、格好良いよね−」 「…そ−か?そういやあ、野球漫画って投手が主人公なのが多いよな」 「そりゃあエ−スだしね、仕方ないんじゃない?あの試合、思い出すなあ」 「…ってこいつのがすきなの?」 「ん−っていうか野球漫画の主人公がすきかな−。投手格好良いし!」 「…のばぁか。カレ−いただきま−す」 「…へ?いま馬鹿って言った…?あ、うん、どうぞ」 田島君はいまだに首をかしげたままのわたしを何処となく見つめながら、ゆっくりと椅子に腰掛け、カレ−を頬張る。 田島君が不機嫌な理由がいまいちぴんとこなかったわたしは、まあ良いか、と思うことにして、田島君といっしょにカレ−を突付いた。 キッチンはひとりでいるわけじゃないのに妙に静寂に満ちていて、振舞われた麦茶の中にある氷の音だけが、時折からん、と音を立てているだけだった。 スロ−ガ−ル |