夏大、初戦負け ―― 想定外の展開に、野球部のみんなはもちろん、準太の幼馴染であるわたしも、少なからず衝撃を受けた。 まさか、うちが負けるだなんて思いもしていなかった。しかも、甲子園を経験したこともない、無名の高校に。 まあ、そういう話は良く聞くけれど、実際負けてみると案外あっけなく感じてしまうもので、その日は、まともに準太に言葉をかけられなかった。 だけど ―― まだ、終わったわけじゃない。終わったわけじゃないんだよ、準太。わたしは最後まで、準太が投げてる姿を見つめていたいよ。 「…あれ…じゅん、た?」 「…よお、」 吹奏楽部の練習を終えて、校門を出ようとしていると、わたしよりも早く練習を終えたはずの準太の姿がそこにはあった。 わたしは不思議に思いながらも「えっと…いっしょに、帰る?」とぎこちなく話を進めた。準太は答える代わりに、静かに頷いた。 長い、沈黙。わたしは耐えられなくなって、あ−だの、う−だの言ってみる。けれども準太を元気付けられるような言葉は出てこなくて、結局黙り込む。 するとしばらくしてぶっ、ていうなんとも情けない笑い声が聞こえた ―― 準太の、笑い声だ。 「ど、どしたの?」 「や、悪い…がおかしくって、さ」 「おかしいって…ひどいよ。こっちはずっと心配してたのに!」 「そりゃ−分かるよ、昨日の見てれば。ほんと、ごめんな、」 「準太…?準太が謝ることないんだよ。がんばってたんだし!それはずっと見てたから、」 「…うん、だからさ、ごめん」 ふわり、と準太の腕に包まれる。え、あれ…?ど、どうしたらこんな展開になるんだろう。わたしは頭を悩ませながらも、準太、とそのなまえを呼んでみる。 そうしたら準太は「ごめん、もうちょっと、」とらしくもなくいまにも泣き出しそうな声でそういった ―― やっぱり、いちばん悔しいのは準太たちなんだよね。 そう思ったわたしは起立の姿勢のまま「うん」って返事をした。準太の息遣いが、すぐ近くで聞こえる。ねえ、準太。わたし、準太の力になれてるのかな。 「 ―― そうだっ!準太、いま時間大丈夫?」 「え?ああ、大丈夫だけど…どうしたんだ突然」 「じゃ、グロ−ブと野球ボ−ル…は、持ったままだよね。じゃ行こう!」 「行くって、どこに?」 わたしは学校の時計を見つめ、時刻が午後5時半であることを確かめると、不思議そうにしている準太に「グラウンド!」と言い放った。 すると準太はなんとも複雑そうな顔をして、けれども嫌だとは言わずについてきてくれた。そうして、グラウンドに着くなり、 わたしは準太のバッグの中からボ−ルとグロ−ブを取り出して「キャッチボ−ルするよ!」と言った。 「な…なに考えてんだおまえ!こんな時間にキャッチボ−ルなん…て?」 「お、ナイスキャッチ!反射神経良いね−準太。つべこべ言わずにどんどん行くよ−」 「っとに強引だな−おまえは毎回よぉ」 付き合う俺も俺だけどな、と呟くのが聞こえ、それもそうだと思ったわたしはなんだかおかしくなって噴出した。 その瞬間、準太の放ったボ−ルがわたしの額にクリ−ンヒットして、わたしはよろめいた。今度は、準太が高らかに笑い声をあげる。 「いったぁ!痛いよ、準太−」 「余所見してんのが悪いんだろ。ほら、さっさとよこせよ」 「むぅ…準太の…意地悪…!」 言いつつ、拾い上げたばかりのボ−ルを準太のミットめがけて放つ。パスッ、というなんとも弱弱しい音を立てて準太のミットに収まった。 これの何処がおかしかったのか、余計に声を高くする準太。だけど ―― 良かった、少しだけど元気になってきたみたい。ほんとうに、良かった。 「なんだよいまの弱っちいボ−ル」 「準太と違って慣れてないんだもん!そんな言い方しなくたって−!」 「まぁなぁ…にしたってひどかったぞ、いまのは」 「準太ーぁ!」 「うお、悪い!そんなに怒るなよ!次はぜったい、勝ってみせるから!」 ぴた、とわたしの動きが止まる。いまのは、聞き間違い、なんかじゃない。準太は「勝ってみせる」と言った。少しだけ、立ち直れたのかな。 そんなふうに思ったら、なんだか嬉しくなって自然と笑みがこぼれた。準太のほうへボ−ルを放ちながら「ねえ準太」と声をかける。 準太は投げる手を休めることなく「なんだよ」と声を返してくれた ―― そんなありふれたことが、いまはすごく嬉しい。 「わたし、最後までちゃんと、準太のこと見てるからね」 「珍しいな、がそんなことはっきり言うなんて」 「うん。いまだからね、ちゃんと言っておきたかったの。わたしもがんばるから、準太もがんばって!」 「お−。三振出来たら、おまえのほう見て気合入れなおすよ」 「…!うん!がんばろうね、準太!」 準太の「おう」と言う言葉を合図に、キャッチボ−ルは終了となった。うん、もう大丈夫。いつもの準太だ。 夏の日に手を振ったなら |