放課後、掃除当番だったわたしは、箒を片手にグラウンドを見下ろしていた。きょう、野球部は第一グラウンドでやっているみたいだ。

「…珍しい」
「え、なに?
「ん−ん、野球部が第一グラウンドなんて、珍しいなって思っただけ−」
「そだね−。第二グラウンドはね、きょうサッカ−部が試合で使ってるらしくて」
「へ−ぇ、珍しい。他校生がうちのグラウンド使うなんて」
「だね−、そこんとこは良く分からないんだけどさ−。てか手ぇ動かしてよ」
「あ、ごめんごめん」

言われて、箒の手を動かす。折角楽な仕事を任されたんだから、きちんとしないと痛い目に遭うのは確実だ。 それに、それでなくても真面目に掃除をやっているひとはあまり見当たらない。このままじゃ、余計に帰るのが遅くなるだけだ。 わたし、は大げさにため息を吐いて、黙々と掃除に集中した。結局、掃除が終わったのは四時すぎで、いつもよりずいぶん遅くなってしまった。

「はぁ〜もう、最悪…」
「どんまい、。ま−わたしも同じ気持ちだけどさ」
「もっとみんなが真面目にやってくれれば良いのに…」
「ん−それもそうなんだけどねぇ…一度サボり癖がついたらなかなか治らないもんだよ」

うん、と頷きながら、腰に手を当てている友達を見上げながら、わたしはきょう何度目になるか分からないため息を吐いた。 それを見た彼女は、あいまいに笑っただけで「じゃあ、あたしも帰るね」と言った。別に、引き止める理由もなかったから、 わたしも「うん、また明日ね」って言って早々に分かれた。わたしは、帰る気が起こらなくて、何となく第一グラウンドを眺めた。 部員たちが、ひとつの場所に集まっている。同時に、声が聞こえた ―― 最後の掛け声。きっと、練習が終わったんだろう。 一部始終を見届けて、わたしは「さて帰るか」と荷物を持って重たい腰を上げた。突然「!」と、誰かがわたしを呼ぶ声がした ―― あれは田島君、だ。

「た、田島君!どうしたの?いま上がり?」
「そ−!、これから暇か−?」
「え?うん、いまから帰るとこだけど」
「そっか!じゃあ途中までいっしょに帰らね−?」

驚いた。まさか、田島君にいっしょに帰ろうだなんて言われるとは思ってもみなかったから。 だけど、断る理由が思いつかなかったわたしは「良いよ−」と言って田島君の誘いを了承した。それを聞いた田島君は、ほんとうに嬉しそうに笑って、 「じゃあ片付けしてから行くからちょっと待ってろよな!」と言って仲間たちのところへ駆け出した。去り際に「昇降口でな!」と言ったのが聞こえ、 わたしは仕方ないなぁ、なんて思いながらもひとり、昇降口で待つことにした。だけど、ぜんぜん嫌な気持ちはしない。むしろ、嬉しいくらい(うれ、しい?)

「よ−す、待ったか?」
「田島君!ちょっとだけだから、大丈夫だよ」
「そっか。悪かったな、帰るところを引き止めちまって」
「う、ううん!正直一人で帰るのも寂しいなって思ってたから、平気!」
「そ−か、んなら良かった。、家どっち?」
「田島君の家と同じ方向だよ!わたし、毎朝田島君の家の前通って行くもん」
「へ−!おまえもあそこが通学路なんだな!ま−俺は学校が近いからあのル−トなんだけど」

野球部のメンバ−の中で学校にいちばん近いのって、確か俺なんだよな、と満足そうに話す田島君を見て、わたしは自然と笑みがこぼれた。 そういえば、こんなふうに田島君と話をするのは、久しぶりなのかもしれない。同じクラスで、席も近いはずなのに、思い返してみれば、変だ。

「そ−だ!自分で言うのもなんだけど、知らないだろ−から言っとくな!」
「…へ?なに?突然」
「俺、実はきょう誕生日なんだ−!すごいだろ」
「へ−すごい!誕生日おめでとう!」
「へへ、あんがとな!きょう中にに言ってもらえて良かった−」

田島君の最後の言葉に、わたしは「へ?」と首をかしげる。じゃあ田島君は、わたしに言ってもらいたくてわざわざあんなこと言ったの、かな…? 図に乗っちゃ駄目だって、頭の何処かでは分かっているのに、妙に期待してしまう自分が恥ずかしかった。田島君はぜんぜん、そんな気なんてないかもしれないのに。 悟られてないか確かめるために田島君の横顔を見てみるけど、やっぱり田島君は笑顔のままだ。良かった、気づかれていないみたい。 わたしはほっと安堵して、田島君のほうを見て「じゃあ誕生日プレゼント渡さなくちゃね!」と言った。いま聞いたから、間に合わないのは分かりきっていたけど。

「まじ?誕生日プレゼント、くれんの?」
「うん!って言ってもいまわたしが出来る範囲内で、だけど…」
「じゃあ俺、がいい!」
「…はいぃ?」

思わず、声が裏返ってしまった。恥ずかしさのあまり、わたしは口を覆った。目の前には、相変わらず笑顔のままの田島君がいて、わたしは次の言葉に困ってしまった。

「俺、のことが好きだったんだ!」
「〜〜〜っな!?」

開いた口が閉まらない、というのはまさにこういうことを言うのだろう。わたしは「なにを、」と言いたくてずっと口を動かしている。 折角の告白のシ−ンなのに、こんなみっともない表情しているんじゃ、話にならない。わたしはぶんぶんと首を振って「ほ、ほんとう?」って思わず聞き返した。 そうしたら田島君は「んなこと冗談じゃ言えね−よ!」って言った。…確かに。わたしはしばらく視線を泳がせて、まえを向いた。 目の前には、いつの間にか真剣な眼差しをしている田島君の顔があって、さっきの言葉がほんとうなんだって思い知らされる ―― 逃げ場なんて、ない。 わたしは、深く、深く、深呼吸をして、田島君のほうを見た。断る理由なんて、ひとつも思い浮かばない。答えは、決まってる。

「うん、わたしも田島君がすきだったよ」
「まじ!?」
「うん、まじ。なんか嫌だなあ、真面目に返事したあと聞き返されるのって…しかも返事がまじ、って…」
「…悪い悪い。でも良かった−!に断られたら俺、明日学校休むところだった!」

再び歩き出しながらわたしは「そんな大げさな…」って言うつもりだったけど、いまの田島君なら「それくらいすきだってことだよ」なんて平気で言いそうだから、やめておこう。 その言葉を聞きたくないわけじゃないけど、田島君に告白された、それだけで心臓がばくばくと高鳴ってうるさいのに、そんなことまで言われたら心臓がもたない。 そんなことを言われたら、わたしのほうこそ、明日学校を休まなくちゃいけなくなるかもしれない ―― 大げさだけど。言われたら、嬉しいけど。

「じゃ、また明日、ね」
「おう!あ、!」
「…へっ!?いまな、なまえ…!?」
「うん!もう彼女なんだし、別に良いだろ?」
「田島君っ!そんな軽々と言わないでよ…!は、恥ずかしいよ!」
「悠一郎!」

再び、わたしの目が点になる。聞こえていなかったと思ったのか、田島君はもう一度「悠一郎!」と声を張り上げた。うん、聞こえてるよ。 だからその、呼べっていう顔するの、止めてくれないかな…?そんな願いを込めて田島君のほうを見てみるけど、田島君は頑なに譲らない。 わたしは仕方ない、ときょう何度目になるか分からないため息を吐いて、顔を上げた。ここでわたしが折れなきゃ、帰してくれなさそうだ。

「ゆ、ゆ…悠一郎!またあしたね!!」
「! おう!またあしたな−っ!」

わたしは手を振る田島君を背に、一目散に家のほうへ駆け出した。これ以上は、我慢の限界だった。あれ以上あの場にいたら、ぜったい顔が赤くなってた。 べ、別にツンデレってわけでもないけど、なんだか恥ずかしい。告白までは普通だったのに、変だよ、わたし。だけど、だけど、

(これからはずっと、田島君といっしょにいられるんだよね!)




071016