自分にとっては、なんていうか ―― そう、空気みたいな存在だった。空気みたい、なんて言ったら大げさに聞こえるかもしれないけど、 気がついたら、それくらい大切な存在になっていたんだ。だから、これから先だってずっと、離れることなんてないと思っていた。

「…は?いまなんつった?」
「あ、聞こえなかった?だからね、市外の高校受けるの」

中学の最後の夏、進路も大方決まってきたこの時期に、はそう言った。隣町とかじゃなくて、市外。 県外、なんて言われていたら、いまごろ自分の心臓はどうなっていただろう。考えただけで恐ろしい。 俺はもう一度、確かめるようにのほうを向いて同じことを聞き返した。

「市外の高校?」
「うん、市外。隆也は西浦高校受けるんでしょ?」
「ああ…そのつもり、だけど」
「じゃあ学区がぜんぜん違うから会う機会減っちゃうね」
「…本気、なのかよ」
「うん。わたしの行きたい学科、そこしかなくって。」
「だっておまえ、そんなこと少しも…。それに、ちょっとまえまでおまえも西浦受けるとかって、」

一瞬、はきょとんとした表情を浮かべて俺を見つめた。まずい、これじゃあ行くなって言ってるようなもんじゃないか。 バレてしまうのが怖くて、俺は「ええと、」と言葉を詰まらせた。それを見ていたは、うん、とちいさく頷いた。

「最初はね、隆也と同じ高校に行けたら良いなあって思ってたんだけど、
 だけど…やっぱり、どうしてもやりたいことやりたくて。黙ってて、ごめんね?」
「別に、そのことを怒ってんじゃねぇよ…」
「…そっか。だけどほら、家だって近いし、ぜんぜん会えないってことないよ」

ね?と言って俺の顔色を伺っているを、あえて気にしないようにしながら、俺はそりゃそうだけど、と再度言葉に詰まった。 情けない。行って欲しくないなら、行くなって言えば良いのに。そばにいてくれって、ちゃんと言ってしまえば良いのに。 だけど、それでも。たとえ俺がどんなに思いを言葉にしようと、こいつは行くんだろう。一度決めたことは曲げない、そういうやつだから。 俺があまりにも何も言わないもんだから、は心配して顔を覗き込んでいる。俺はため息を吐いて、顔を上げた。

「あのね、隆也」
「…なんだよ」
「わたし、会いに行くよ!野球も見に行くし!だから…」
「はァ…そんなんじゃ俺が悲しんでるみてぇじゃねぇか…」
「え…違うの?」
「違わね−けど、おまえにんな心配そうな顔されっと自分が情けなくて仕方ねぇんだよ」
「え、ええっと…ごめん…?」
「あ−…もう良いって。まあともかく、お互いがんばろうな」
「! うんっ。ありがとう、隆也!」

まったく、自分の幼馴染ながら、単純なやつだ。だけど、その単純な幼馴染に、この中学時代を支えられたのも事実だ。 そして、その単純な幼馴染に好意を抱いてしまったのも、また事実だ。だけど、いまは黙っておこう ―― いつか出会うそのときに、伝えよう。

「ずっと、きみのことがすきでした」



071013