新学期から早くも数日がたち、少しずつだけども新しい環境、雰囲気にも慣れてきた。 同時に、時間がたつにつれて高鳴る鼓動は増すばかり。「―――、」ほとんど無意識に名前を呼んでいた。「がどうかした?」「うわっツナ!?おっまえ、いつの間に、」「さっきからいたよ。ぼんやりしたくなるのも、無理もないけどね」この陽気だしね。暗にそう付け加える中学時代からの友人・沢田綱吉の横顔になんとなく目を向ける。 「 そういやお前、と知り合いなんだっけ 」 「 知り合いっていうか ――― ほらあいつ、ハルとか京子ちゃんとかと仲良いから 」 「 ・・・・・・・だな 」 引きつった笑みを悟られないよう、いつもの調子でニカッと微笑む。 笹川とはクラスが違ってしまったが、三浦ととは偶然にも同じクラスになった。高校二年に進級してからのことだ。ほかの連中とは学校もクラスも違ってしまったが、時々連絡を取り合ってなんだかんだ顔をあわせている。「飽きないよなあ俺たちも」ぽつんとつぶやくと、綱吉も何の気なしにそうだね、と穏やかに頷いた。彼のそれは、いまも眼中で追いかけている彼女、とどことなく雰囲気が似ている、と感じていた。居心地がよくもあり、時々妙ないらだちも感じる。やっぱり自分は、こういう類の人種が好きなんだなあと思い知らされて、ふっと小さく嘆息する。 「そんなに気になるなら、話しかけてみたらよいのに」あの綱吉から思ってもみなかったことを言われ、驚いて椅子から転がり落ちる。「な、なっ」「めっずらし。そんなに驚かなくてもいいのに〜」「だっだってまさかお前からそんなこと言われるなんて思ってもみなかったから、さ!」「心外だなあ。あ−それとも、図星だった?」面白いものをみつけたかのような表情で言われてしまい、思わず赤面する。綱吉はからかっているだけだ、それなのに柄にもなくこんなにも動揺してしまうなんて、存外図星なのかもしれない。素直に認めたら、すっと心が軽くなった気がした。 「 あ〜あ。あんときもうちょっとからかっとくんだったな〜 」 「 後悔先に立たずだよ山本 」 「 うっわそれお前から言われるなんて心外だ〜それこそ心外だ〜 } 「 ひっど。友人の恋路を心配して何が悪いのさ 」 少し困ったように笑うその横顔は、春の景色に映えて、なんだか妙に泣きたくなった。 「―――?」「あ。山本武くん。こんにちは」「・・・・・ちわ」気のせいかもしれないが、夕焼けに映る彼女の笑顔がすこしさみしそうにみえた。それだけのことなのに、きゅっと胸が締め付けられる。部活終わりの校庭は人気もまばらで、下校時間を知らせるチャイムだけが、妙にさみしく鳴り響いていた。 「どうしたんだ、こんなところで」「委員会の仕事が終わったから。いまから帰るの」「そう、か。そういやはクラス委員だったな。お疲れさん」「ありがとう。山本武くんも、いつも部活お疲れ様」「―――うん、サンキュ−な」照れ隠しに帽子のつばで表情を隠す。 「 そういや俺たち、こうしてちゃんと話すのは久しぶりかもしれねえな 」 「 ――― そう、だね。最後に話したのは確か、 」 「 最初のクラス替えのときだよ。元中だって、が気づいてくれて 」 「 うん、そうだね。あのときはほんとうにびっくりしちゃって 」 「 と同じ高校だなんて知らなくてさ。気づかなくてごめんな。話しかけてくれてすっげ嬉しかったぜ 」 「 山本武くん、素直通り越して天然だよね・・・・・・・ 」 「 ハハッ、良く言われる 」 今度は素直な笑顔に、まぶしくて眩暈を起こしそうになる。ほんとうはずっと、こんなふうにお話ししたかった。でもできなかった。だってそれは、気づいてしまったから ――― 毎日楽しそうに野球に打ち込む彼をみるうちに、まぶしい笑顔をみるうちに、いままで気づきもしなかった、自分自身の変化に。 「な、良かったら途中まで一緒に帰ろうか。荷物とってくるから」「え」「あ、嫌だったか」「そ!そんなことない!うれしい!」「! じゃ、じゃあちょっと待ってろな」恥ずかしそうに笑ったあと、ぽんぽんとごつごつした手で短くの頭を撫でるなり、駆け足で部室へ去っていく彼の後姿を、はぼんやりと見送っていた。「何言ってんの、わたし」穴があったら地中深くに埋もれてしまいたい感情と葛藤しながら、静かに彼の名前をつぶやいた。 かつて永遠だったあなたへ |