「リクオ様が遠野に…」屋敷に残されたはひとり縁側に腰かけて、ぽりぽりとおせんべいをかじっていた。リクオが遠野妖怪に(半ば強引に?)連れて行かれたとき、は不在だったためそのことを知ったのは彼の祖父によってだった。「おお、里はどうじゃった」「相変わらずでした。おかげでのんびりできましたよ!あれ?あの…リクオ様は…?」「ああ、行ったよ」「行ったって…まさかほんとうに?」「ああ。あいつ京都に行くとぬかしおってな … あの青二才が」里から戻ったばかりだったは隣に立つ二代目がそう言って、だけど表情を緩めていたのを確かにみた。いまにして思えば、二代目もなんだかんだ嬉しいのだ。ちゃんと、妖良組三代目として成長していることが、とても。 「 三代目が戻ったぞ−ッ!遠野の連中もいっしょだ− 」 「 ―――― えっ、リクオ様…が? 」 「 おう!三代目見に行くぜ!おまえも来いよっ 」 「 う…うん… 」 「 んだあ?あんまり嬉しくなさそうだなあ。折角三代目が戻ったっつ−のに 」 「 そんなことない!もちろん嬉しいよっ!行く行くっ 」 三代目帰還の知らせに、の表情に影がさしたことを、彼は目ざとく見逃さなかった。彼のこういうところが苦手なんだと毒づきながら、は重たい腰をゆっくりと持ちあげるようにして立ち上がった。「リクオ様…きっといまなら二代目とあいさつしているころだろうなあ」そんなふうに思ったは、すっと妖気を消し二代目のいる部屋の廊下にこっそりと姿を現し、そおっと聞き耳を立てた。 「 ああ ――― 京都に立つ 」 「 ―――― リクオ、様 」 「 … 、盗み聞きとは感心せんな 」 「 二代目…、 」 「 構わぬ、用件はすんだ。出てくるが良い 」 「 すみません … 三代目が戻ったと聞いて、わたしどうしても… 」 「 分かっておる。いま会っておかねば、当分は会えぬと思ったんじゃろう … リクオ 」 分かってる、というリクオの声が聞こえて、はビクッと肩を震わせた。実を言うと、畏をまとったリクオをみるのははじめてなのだ。だから、ほんとうは会うことが怖かった。あの無邪気さの残っていた子どものリクオと様子がぜんぜんちがうということを、は知っていた。見たことはなくとも、「妖怪として」の畏怖をまとうということはつまり、そういうことなのだ。「」名前を呼ばれて、は思わず顔をあげてしまった。確かに様子は人間のときとはまったく違っていたけど、リクオはリクオのままだった。そうなのだと、やっと理解したはようやく「はい」と返事をして、畏をまとったリクオと目をあわせることが出来たのだ。 「 すまない。遠野のときのこと、怒ってるか 」 「 ―――― いいえ。あれは、リクオ様にとっても突然のことだったでしょうから…怒る相手が違います 」 「 はは、そうか…そうだよな。分かった、そのことは今回のことが片付いたらお前の分まで殴っておく 」 「 わ!わたしの名前は言わないでくださいね…っ 」 「 ああ、分かっている。それじゃあな、。ここのことは頼んだぞ 」 「 リクオ様…ほんとうに行ってしまわれるんですか…? 」 「 ああ…初代の因縁を断ち切るためにも、俺は行かなくちゃならね−んだ…悪い 」 「 リクオ様が謝ることはありません。ご武運を、祈っております… 」 「 ああ、そうしてくれるとありがてぇ。まあ…お前を連れていけないのはすこしばかり残念だがな 」 「 リクオ様…こちらとしてはそのお言葉は非常にありがたいのですがこの場合無理があるのでは… 」 「 はは、まったくじゃな。青二才が、無理をしおって 」 「 ―――― じじい… 」 「 ほれ、来たぞい。あれに乗って行け、すぐにも京都に着くじゃろうて 」 「 ああ ――― じじい、こいつのこと頼む。こいつがここにいね−とどうにも…勝てる気がしねえんだ 」 「 な−に弱気になっとるんじゃ。大丈夫、はちゃんとここにおる!なあ 」 突然名前を呼ばれて、は「は…はい!はいつでも!リクオ様のお帰りを待っております!」と言って声を張り上げた。「馬鹿野郎、声がでけ−よ声がよぉ。まあオレも、その言葉に恥じないように戦ってくらあ」「ああそうしろ。負けたなんて知らせを聞いたときにゃあリクオ、どうなるか分かってんだろうなあ」二代目がそういうと、しばらくのほうを見ていたリクオはやんわりと笑って、「分かってらあ。じゃあな…じじい、…行って来る」「因縁を絶って来い」「リクオ様…行ってらっしゃいませ…」「ああ」リクオはそういうと、の頭をぽんぽんとたたいていた手を離して、舟に乗り込んだ。「おせ−ぞお!」と言う声が、船内のあちこちから聞こえる。その言葉を耳にしていたと二代目は顔を見合わせて笑った。舟が、屋敷から離れて行く。「リクオ様…」「大丈夫じゃ、。おぬしがここにおる限りはなあ」「二代目…はい…」姿の見えなくなった舟を思い描くように、は祈りをこめるように両手を握りしめ、そっと瞳を閉じた。長い長い夜はまだ、更けたばかりだ。 無事に生還せよ、以上 |