チョキン、チョキンと規則正しい音だけが部屋にこだましている。( これは…そろそろなにか話さないと…気まずい…! )静寂に耐えかねたは、意を決して振り返ろうとした ――――― だが。「ダメだよ、じっとしてないと」「うっ…あい…」「…(あいって…)」ふっと、肩越しにリ−マスが笑ったような気配を感じて、なおさら話しかけにくくなる。そもそもなぜこういう状況になったのかというと、あれはそう。いまから30分以上もまえのことになる。リ−マスがいつもの何気ない口調でいっしょに紅茶でも飲まないかなんて言ってきたことから、すべては発展した。


「 、ちょっと髪が伸びたんじゃない? 」
「 そ、そうかな?あんまり気にしないからわかんないけど 」
「 だめだよ−女の子はそういうこと敏感でなくちゃ 」
「 そ、そう…?やっぱりリ−マス紳士なんだね… 」
「 そんなことないと思うけどなあ。僕ちょうどいまヒマしてたところだし、良かったら切ってあげるよ 」
「 えっ!だ、だめだよ男の子にそんな! 」
「 僕よりずっと器用だから前髪そろっちゃって一晩中うなったりしなくて良いかもよ? 」
「 うっ!どうしてそれを! 」
「 リリ−に聞いたんだ。だからやってあげるって言ったのにって笑ってたよ 」
「 うあああああリリ−!なんてことを−! 」
「 だからほら、今度は失敗しないように。なんだったらこれからずっと専属でも良いよ? 」
「 ええええ!良いです良いです、専属じゃなくて良いです−! 」
「 照れなくて良いのに。それよりどうする?これから試験で忙しくなるしいまなら、 」
「 で、でもほらやっぱりリーマスには… わあ!も−ごめんなさいごめんなさい!切ってくださいお願いします! 」


「最初から素直にそう頼んでれば良いのに…」なんて、笑われながらため息まで吐かれる始末。だけどそこは優しい英国紳士なリ−マス、特に迷惑そうな顔ひとつせずに手際よく準備してくれる(しかも人目の着く談話室で…)。そうして切り始めたものの、会話がまったくない。折角久しぶりにリーマスとふたりですごせる時間なのに、妙な気恥かしさだけが心の中を支配している。ただ純粋に、リーマスと話がしたいだけだったのに、リーマスがなにも言うなって目をするから、だんまりするしかない。そうして一時間が経過しようとしたころ、リ−マスの「よし、こんな感じかな!」と言うどこか満足そうな声が聞こえて、はようやく肩の力を抜いた。


「 ふうっ… リーマスありがとう!ずいぶん集中してたみたいだけど…疲れたでしょ 」
「 ん?ううんぜんぜん!むしろもう少しあのままでいたかったくらいだよ 」
「 ええ、それじゃあ流石に疲れちゃうよ 」
「 分かんないんだなあは。じゃあどうして僕が突然、髪を切ってあげるよって言ったと思う? 」
「 ヒマだったからでしょ? 」
「 …はあ。あのね、リリ−に先を越されないためだよ。
  あとはそうだなあ…久しぶりにといっしょに話がしたかったから、も付け加えておこうかな? 」
「 なっ!それはわたしもだよ!それなら話したって良かったんじゃ 」
「 でもね−僕思ったんだ。ただなんとなくいっしょにいるだけでも良いんじゃないかなあって 」
「 え…?どういう意味…? 」
「 だって僕たち、そんな時間すらとれなかったじゃない?おんなじ寮なのに不思議だよね 」
「 そ、それは、 」
「 それは? 」


「それはっ…」リ−マスの、突き刺さるような視線が痛い。これは、言ってくれるまでなにも言わないと決めているときの、リ−マスの顔だ。楽しんでいるような、それでいてどこか真剣なような。リ−マスもひとをからかっておもしろがるような節があるから困りものだ。まあリ−マスの場合、ジェ−ムズやシリウスなんかと違って考えあってのことだから咎められることはほとんどない。「あの、」「ん?」「こんなこと言ったら…リ−マス、怒らない…?」「怒らないよ。僕が怒ったことって、ある?」「ないけど…」「大丈夫だよ、怒らないと思うな。むしろ悲しむかもしれない」「ええ!じゃあなおさら言えないよ」「でも、もそっちのほうが言いやすいだろう?」「あ…うん、まあそうだけど…。それでも、聞きたい?」が、ほんの少し不安そうに首をかしげると、リ−マスはいつもの笑みを浮かべたまま「うん、もちろんさ」と言って紅茶をすすった。


「 あの、ね。実はわたし…リ−マスのこと…さ、避けてたの! 」
「 うん、それで? 」
「 え?リ…リ−マス怒ったりしないの…? 」
「 だから言っただろう?怒らないって。だって、ちゃんと理由があるんだろ? 」
「 あ…う、うん… 」
「 その理由次第かな、って思ってね 」
「 リ−マス黒い!(わたしなんでこんなひとすきになったんだろう…!) 」
「 ん、なにか言ったかい?余計なこと考えてるだろう 」
「 ち、違うよ違うよ!もうリ−マスもひとで遊ぶなんて趣味悪いよ! 」
「 それくらいしか娯楽がないものでね。それで、理由って? 」
「 (娯楽…)なんか、ね…話しかけづらかった、から 」
「 ふうん?それはどうして? 」
「 リ−マス、分かってるって顔してる… 」
「 そんなふうに見えるかい?僕はぜんぜん、そんなつもりはないんだけどな 」


務めて自然に、そう言ってのけるリ−マスに勝ち目はないとはうなだれた。これはもう、なにを言ってもだめだ。リ−マスがそんなふうなら、思い切って告白してやろうとは腹をくくった。「リーマスをすきになったみたいです!」思いのほか大きな声に、リ−マスも吃驚した顔をしている。「その言葉を待っていたよ、」リ−マスはそういうとどこか得意げにほほ笑んで、短くなったの髪にそっと触れた。「ねえ」「なっ、なに?リ−マス」「これから髪、のばしてね」「え?どうして?」「だって、僕たちが時間を共有していくことの証明になるじゃないか。そうだろう?」「鬼…」「ん?なにか言ったかい?」「なんでもないです!」( ほんとにあたし、どうしてこんなひとをすきになったんだろう… )今度はがため息交じりにリ−マスを見やる番だった。そう言えばさっきの言葉はOKだと言う意味なんだろうか、とあとになって気がついた。そんな話をしてみたら、リ−マスには「ほんとうに鈍感だよね、って」と言って得意になられてしまった。いまとなってはそのとき飲んでいたリ−マスの冷めてしまった紅茶だけが、にとっては唯一の救いだった。



甘く、とろけるような