「星が…綺麗だなあ…」夜。少女はふらりと、ひとりで砂浜に立っていた。この時期の星は空高くにあって、それでいて季節のなかでいちばん煌めいているように思う。だけども髪を撫でる風は。肌に触れる風はひんやりと冷たくて、はすこし身震いをした。そもそもこんな寒い時期に海に来るなんてどうかしている、と通行人(いない、けどね…)に笑われてしまいそうだ。だけどきょうは、どうしても ―――― ここに来たかった。ここにいたかった。ここで、あの日 ―――― ほんとうに、いろいろなことがあったなあなんて思いながら、また煌めく星空を仰ぐ。 「 兄さん…怒ってる…かな 」 呟いて、屋敷に置いて来た置き手紙の文面が思い起こされた。帰宅してすぐ、兄さんはリビングのソファで眠ってしまったのだ。よほど疲れているんだろうと思ったは暖炉に火をともし、ソファで眠っている兄さんに毛布をかけて。<出かけてきます。日付の変わるころには、戻って来ます。黙って出かけて、ごめんなさい>と言う置き手紙をして来たのだが、果たして兄さんは気付いてくれるだろうか。「?」「!」突然、背後から名前を呼ばれてドキッとした。こんな良すぎるタイミングで兄さんが来てくれるなんてあるはずがないのに、期待している自分がいることに驚いたのだ。だが、名前を呼んだ声の主は兄さんでもなければ、アルフレッドでもなかった。その意外すぎる人物に、は思わず悲鳴をあげそうになった。 「 心外だなあ、そんなに驚かれるなんて 」 「 フ…フ…、フランシスさん?ど、どうしてここに、 」 「 ん?ア−サ−の忘れものを届けに来たんだよ。お兄さん、優しいだろう? 」 「 そ…そうでした、か。ありがとう…ございます、 」 「 ん、どういたしまして!それにしても久しぶりだなあ。元気だった? 」 「 は…い。フランシスさんも…お元気そうです、ね 」 「ああ!元気も元気さ!なんたって俺は世界の兄ちゃんなんだからな」そう言って心底嬉しそうに話すフランシスを、はどこかやりきれない思いでみつめていた。「…置き手紙、見たよ」「…」「その様子だと、俺の考えてることで間違いないみたいだね」「フランシスさん」「ん?なんだい?」「わたしは…どうしたら、良いんでしょうか」「…?」相変わらず星を見上げたままのの横顔は赤く、ひどく寒そうに見えた。だからフランシスは首に捲いていたマフラ−をに捲きつけ、笑みを浮かべた。 「 ―――― 寒いだろう 」 「 …すみません 」 「 良いんだよ!そうそう、俺からもひとつ良いかな 」 「 なんですか? 」 「 ア−サ−の忘れ物を届けに来たっていうのは、口実だったんだ 」 「 え、 」 「 まああいつが忘れ物をしたのはほんとうだけど、その用事はついで。 俺はきょうに、それを渡したくてここまで来たんだよ。、誕生日おめでとう 」 「 え…えっ?あ…ありがとう…ございます…。もう、そんな時間…? 」 がそう言って首をかしげてみれば、フランシスは嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべて彼女に自分の持っていた腕時計をみせた。「なに?残念そうな顔して」「え?そんなんじゃないです…嬉しいです…!」「ア−サ−に来てほしかったって顔、してるよ?」「!」「もしかして…自覚、なかった?」一変して神妙そうな面持ちに、は真剣に動揺した。「はあ…やっぱりね…」フランシスはそう言って小さくため息を吐いて、瞳を見開いたままのをそっと抱きしめた。「ちょ…フランシス、さん?なにを、」「可愛いなあは。な−んで俺は、手放しちゃったんだろ?」「フランシス、さん」の鼓動が、すぐそばで聞こえる。こんな幸福、きっともう二度と味わえない。だからせめて、今晩、だけ。 「 あのな、。いまだから言えることだけど 」 「 は、はい? 」 「 あのとき、どうして俺とア−サ−が喧嘩してたと思う? 」 「 え… わたしの領土が…ほしかったから、では? 」 「 うん、そうだね。表向きにはそういうことになってる 」 「 表向き…? 」 「 ア−サ−の意図は分からないけど、俺はそのことだけでア−サ−と喧嘩してたんじゃないんだ 」 「 ほかにも…理由が…? 」 「 うん。俺はどうしても、の領土を…いや。を、ア−サ−に渡したくなかった 」 「 どうして、 」 「 いまのに、分かるかな?俺は…のことを、ひとりの女性としてみていたんだ…ずっと 」 「 フランシス、さ… 」 「 フランシス…テメェ… 」 「 え?わあア−サ−!オマエいつの間にっ 」 「ちょっと前だよっ!いい加減から離れろっ。、見知らぬ人間にはついて行くなっていつも言ってるだろ?」「ごめん、なさい…?」「おいおいア−サ−、そりゃないぜ。少なくとも顔見知りだろ−俺たち。なあ」「え?ああ…はい、」「はあ…ったくは優しいんだからな−。ほら」の異変に気付いたらしいア−サ−は、自分の羽織っていたコ−トをに着せ、フランシスを一瞥した。「睨むなって。寝坊するお前が悪いんだろ」「それは…そうだが…」「兄さん?これって…?」眼をぱちくりさせているを見やると、ア−サ−は照れくさそうに咳払いをして、「誕生日、おめでとう」とだけ言った。「兄さん…!」「お前そのコ−ト、ずっとほしいってせがんでただろ」「はあ?仕事用のコ−トだろう。なんでア−サ−のそんなもんがほしいんだよ、?」「仕事用…だからです」ぎゅうっとア−サ−がプレゼントしてくれたコ−トを抱きしめるをみて、久しくア−サ−とフランシスは顔を見合わせた。 「 用事すんだんだろ。帰れよフランシス 」 「 言われなくてもそうするさ。じゃあね、マイハニ−! 」 「 なあにがマイハニ−だっ…この! …? 」 フランシスの姿が遠く遠く、夜の闇にみえなくなる。その様子を途方もなく見送っていたア−サ−の腕に、先ほどまで茫然としていたの腕が絡まった。心臓が壊れそうなほど高鳴っている。あしたには呼吸困難で倒れているかもしれない。「…?」「なんでも、ありません。兄さん?」「なん、」「プレゼント…ありがとう」「…ああ」「あと、」「なんだ?」「ここに…来てくれて」「ああ。置き手紙を見て、すぐ分かった。きょうだったんだな」「はい」「…すまなかった。そんな大事な日に寝過したりして」「いいえ。フランシスさんが…来られたのには、驚きましたが…」「あのヤロウ…今度いっぺんシメる」「…喧嘩はだめですよ」「…分かってる」「…兄さん?」「どうした?」ひょっこりと、がア−サ−の顔を覗き込むように身を乗り出す。「ありがとう…だいすきです」「ああ…」ぽんぽんと、力なく頭を撫でるようにたたく。気の所為かア−サ−の表情には心なしか元気がなかったようだけども、その理由にが気付けるわけもなく、ふたりの夜はひっそりと、静かに流れていった。 スローモーションで駆けていく夜に |