![]() 「おはよ−ございます−スイス…さん…」 トコトコと、覚束ない足取りでそんなふうにあいさつをしたのはこの学園の寮で生活をしている、・だ。はこうみえて遠方からの推薦入学生で、だからこうして寮から学校に行き来している。だけども、そんなの様子がきょうはいつもとはすこしばかり違うことに、寮監督のスイスは目ざとく気がついた。「…?どうしたのだ、いつもの覇気がないではないか」「そんなことないですよ−。スイスさんいつもお務めご苦労様です−」「…失礼」スイスはそう言ってひと言断ると、ピタッとの額に自分のそれを照らし合わせた。途端にの瞳がみるみる見開かれて、そのさまを愛おしそうにみつめていたスイスが困ったように肩をすくめた。 「 ―――― 熱いな 」 「 だいじょうぶです−、なんともないですから− 」 「 大丈夫なわけないだろう、きょうは休め 」 「 大事な大会のまえなんです… 休めません− 」 「 先生には吾輩から言っておくのである。おとなしくしていろである 」 「 嫌です−、行って来ます− 」 「 …、聞き分けのないやつはこうである! 」 ガシッとの身体を抱えるように掴むと、スイスは有無を言わせずにを自分の部屋へ強制連行した。合鍵で部屋を開け、ドサッとをベッドの上に下ろしたスイスは、携帯電話を片手にダイヤルボタンを何度か押した。「ス… スイスさんっ…!なにを、」「連絡を入れるのである」「ま…、待ってください…!」「問答無用」すっぱりとそう斬り捨て、に布団をかけてやりながら二言三言、フィンランドと言葉を交わしたスイスは最後に「よろしく頼む」とだけ言って電話を終えた。 「 …わたしの意思は無視ですか 」 「 当然である。無理をさせないことも、吾輩の務めである 」 「 スイスさん… では、スイスさんがこうして心配してくださるのはそれもお仕事だから…ですか? 」 「 … (上目づかいとは…卑怯である) 」 「 スイスさん…? 」 「 悪いが、これで失礼する。ちゃんと休んでおくんだぞ、 」 黙り込んだままベッドにもぐっていただったが、スイスが踵を返すのとほとんど同時に、彼の服をつかんだ。「?」「あ…すみません、わたし」「…構わぬ。フィンランドがくるまで、そばにいてやらないこともないが」「ほ…、ほんとうですか?」「ああ。まあ…吾輩がどこまで耐えられるか少々不安ではあるがな」「耐えられる…?」「気にするな。何か飲み物でも持ってこよう、何が良い」「え?ええと…はちみつミルク…温かいの」「…なんだそれは?」コトンと、スイスが小首をかしげる。その様子がなんとなくおかしくてふふっと笑みを浮かべると、スイスはすこしだけ頬を赤く染めた。 「 温めたミルクに、すこしだけはちみつを溶かした飲み物です。すぐ出来ますよ?…スイスさん? 」 「 …なんだ 」 「 わたしの話…聞いてました? 」 「 …すまん 」 「 ふふ、大丈夫ですよ。ミルクを温めて、その中にはちみつを溶かしてください。それだけです 」 「 はちみつはひと匙くらいで良いのか? 」 「 え?ええ、そうですね。そうだ、スイスさんもいっしょに飲みましょう!温まりますよ 」 「 ああ…そうだな… 」 スイスはそう力なく答えると、ゆっくりと腰を上げてキッチンに向かった。部屋の構造は、きっと教師陣のだれよりも詳しいはずだ。「飲むか」「…はい。早かったですね」「思っていたより簡単だった」「でしょう?誰でも簡単につくれるんですよ、はちみつミルク。は−、おいしい」「はじめて飲んだ…」「ふふ。スイスさん、あまり風邪ひかれそうにありませんしね」「…どういう意味だ、それは」「そのままの意味ですよ …ッゴホゴホ」「…大丈夫か」「っはい…ふふ、スイスさんの悪口を言ったからでしょうか」頼りなく笑うをみていると、どうしてだかたまらなく切なくなる。抱きしめたくなる。壊れるほど、強く。だけどもそれはだめだと、もちろん頭の中では分かっている。は学園の生徒で、自分は学園の従者。生徒の安全を守る立場の自分が、そんな感情の類を抱いてはいけないと分かっていた、はずなのに。 「 え… スイス…さん…? 」 「 すまぬ…、いまだけこうさせてくれ… 」 スイスはとうとうたまらなくなって、ぎゅうっと、力強くを抱きしめた。頼りなくか細い身体は難なくスイスの腕に収まり、ひとたび力の加減を間違ってしまえばほんとうにの腕を砕いてしまいそうなほどだった。「スイスさん…苦しいです…」の、ほんとうに苦しそうな声が聞こえて、スイスははっと我に返った。あまつさえは病気人だ、無理をさせるわけにはいかないと自分で言っていた台詞なのに、おかしくて笑ってしまいそうになる。「フィンランドがくるまえに、粥と薬の用意をしておかなくてはな」「どうしてですか?」「…知らないのか?フィンランドは恐ろしく料理が下手だ」「そ、そうだったんですか…意外です」「どうだ?嫌いになれそうか?」「…え?」「…質問を間違えた。嫌いになったか?」「ふふ。珍しいですね、ミスするなんて」「吾輩だって人間だ、間違えることだってある」「そうですね。ご心配なく、それくらいでは嫌いになんてなりませんよ」笑みをひっこめて、まっすぐにスイスをみつめてそう話す。どうやら噂に聞いていたとおり、はほんとうにフィンランドのことがすきらしい。 「 まあ、おまえが選んだ相手だしな 」 「 スイスさん? 」 「 悔しいが、吾輩も応援する。なにか力になれることがあればなんでも言うと良いのである 」 「 スイスさん…! 」 「 …粥をつくってくる。寝ていろ 」 の笑顔をみて一瞬顔を真っ赤にしたスイスだったが、すぐにもとの表情に戻るとぽんぽんとの頭をたたいて、再びキッチンに姿を消した。そうしてと穏やかな時間をすごすうち、風がひやりと冷たくなったころようやくフィンランドがやって来た。「フィンランド」「え?ぐはっ…な、なになに?」息も絶え絶えにやって来たフィンランドを出迎えたのは、スイスの一撃だった。ボキッという音が聞こえそうなほど力強いパンチによろめきながらも、フィンランドはどうにか体制を立て直すとスイスと向き合った。「いきなりなにをするんだよスイス!?」「けじめだ」「…けじめ?」「吾輩も男だ、への気持ちはこの一撃で忘れることにする」「スイス…」「が待っているのである。言っておくが、を泣かせたら容赦はしない」スイスは最後にそう言い残して、すたすたとの部屋を出て行った。 「 な… なんだったんだろう…?そうだ、…! 」 はっと我に返ったフィンランドは、乱暴にくつを脱ぎ捨てるとのいる寝室に迷うことなくやって来た。「、大丈夫?」「ゴホッ… せん、せい」「遅くなってごめん… スイスになにもされなかった?」「え?」「いやその…ほら、この間アイスランドに…」「せんせい…気にしてたんですか?」「あ…当り前だろう!気にならないわけがないじゃないかっ」「先生…顔が真っ赤、」「…こそ。あれからしばらく、顔を合わせようとしなかったから心配したんだよ」フィンランドは心底心配そうにそう言って、すこしだけ身を乗り出した。そして今朝のスイスとおなじようにの額と自分のそれを重ね合わせて、安心したようにため息をこぼした。 「 もう、大丈夫みたいだね 」 「 ご心配を…おかけしました 」 「 うん。でもがそんな顔をすることないよ!スイスにはお礼を言っておかなくちゃね 」 「 ―――― お礼? 」 「 を看病してくれたお礼だよ。 …ほんとうは悔しいけど 」 むうっとこどもみたいに頬を膨らませるフィンランドがおかしくて、はくすくすと笑みを浮かべた。を看病するのは僕の役目のはずなのに ―――― ぶつぶつと文句を言いながらもに布団をかけてくれるフィンランド。やっぱり自分は、このひとのことがすきだ。どうしようもなく。まっすぐな優しさと温かな笑顔。料理があまりうまくないっていうことも全部含めて、彼のことがすきだ。「じゃあ、」「ん?」「今晩はここにいてください」「!?」くすくすと笑顔のままのに対し、動揺を隠そうともしないフィンランド。「実はわたし、スイスさんに折角つくっていただいたお粥とお薬をまだいただいていないんですよね。それに…」「それに?」「なぜだか、風邪をひいてしまうと風邪の苦痛より心細くなってしまうんです」ため息交じりにそう言って、はすこしばかり寂しそうに笑みを浮かべた。いまの言葉は、うそなんかじゃない。風邪をひいてしまうと、ちいさいころから苦しいとかつらいとかより心細くなってしまう。だからあのとき、スイスの服をつかんでしまったのも偶然ではなく必然だったのかもしれない。「はあ…分かったよ。なにがあっても知らないからね」「??」不思議そうに首をかしげるが愛おしくて、フィンランドはそっとを抱きしめた。暗がりの中に光る一番星だけが、そんなふたりを微笑ましそうにみつめていた。 なるべく遠くの夜を掴め |