![]() 「ごめんね、委員会終わったばかりなのに手伝わせて」「大丈夫ですよ−、このあとどうせヒマだったしちょうど良いヒマつぶしになって良いです」「ヒマつぶし…か…」ヒマつぶしという言葉になぜだかがくりと肩を落とした担任の先生であるフィンランドに、どうしたんだろうと小首をかしげる・。ふたりはいま何をしているのかと言うと、あしたの授業に使うプリントを束ねたりホッチキスで止めたりしている。地道な作業だが、40人分とはいえこれだけが仕事ではない彼にとって、あまり効率が良いとは思えなかったが見かねてこうして手伝っているというわけだ。不意にフィンランドは腕時計をみつめ、時刻が午後6時になろうとしていることに気付いた。 「 ――― 終わりそうだね 」 「 はいっなんとか!あとすこしなので、やってしまいますよ!先生はほかの仕事をしていてください 」 「 ありがとう。終わったら家まで送るね 」 「 えっ!だめです、そんなの…! 」 「 あ、自転車なんだっけ。学校に置いて行っちゃまずいかな? 」 「 え…いえ、家はそんなに遠くないので構いませんが… ってそういう問題じゃないですよっ 」 「 僕の車には乗りたくないってこと? 」 「そうじゃなくって−!」と頭をぶんぶん振っているの様子を、どことなく微笑ましそうにみつめていたフィンランドは流石に彼女のことがかわいそうに思えて「分かってるよ。でも親御さんも心配しているだろうし」と言って座るように促した。「でも、は優しいな。クラスのみんながを委員長に推薦した理由がなんとなくわかるよ」「そうですか?ただみんながやりたくないだけなんですよ!嫌な仕事を人に押し付けてっ」「あ−違うよ、みんなはほんとうにきみを信用して推薦したんだって」「う−ん…ほんとうですか−?」「うん。でもまあ、の気持ちも分からないでもないけどね。委員長なんて仕事、誰もやりたがらないだろうし」フィンランドがうんうんと腕組みをしながら頷いていると、はそうですよね!と力説するようにこぶしを握りしめた。 「 でも先生はひとのことより、自分の仕事を早く出来るようにならないとだめです! 」 「 はは…もちろん分かってるよ。新米だから、どうにもなれなくてね− 」 「 まあお察ししますけど…でもわたしがお手伝いするのもこれっきりですからね 」 「 ええ−?残念だなあ。大事な生徒と交流出来る唯一の口実だったのに 」 「 先生− 」 「 はいはい、分かってますよ。でも…ねぇ、? 」 「 は… え? 」 ガタン、と椅子をひいてまじまじと作業をしていたの顔をみつめるフィンランドに、は思わず固唾を飲み込んで作業の手を止めた。「どうしてそんなに優しくしてくれるの?」「え、」「いくら新米教師だって、担任だって、普通はここまでしないよね」「そう…ですか?気まぐれですよ、気まぐれっ」「ふうん?まあきょうはそういうことにしておいてあげるよ」「なんですかそれ−、まるで別の意図があるみたいな言い方じゃないですかっ」「まあ、違わないんだけどね。じゃあ終わったら校門のところで待っててね。もうすこし仕事片付けたら車を回してくるから。あ、黙って帰ったりしたらだめだよ?」フィンランドは念を押すようにそう言って、プリントの束を抱えると教室から出て行った。は彼のそんな背中をなんとなく見送りながら、「び、吃驚したあ…ど、どうしちゃったんだろう…先生…」と高鳴る鼓動を抑えることに一生懸命になった。ほんとうはこのまま帰ってしまっても良かったんだけども、思いのほか自分の身体は正直らしい。そんな気持ちになれず、昇降口でくつを履き替えるとまっすぐに校門のところに向かう足に、小さく舌打ちをした。 「 ちゃんと待ってたね、えらいえらい 」 「 もうっ、子ども扱いする…!あたし来年は大学生なんですけど−っ 」 「 でもどっちにしたって、僕たちからしてみれば子どもだよ。違う? 」 しばらくの頭を撫でていたフィンランドだったが、嬉しそうに浮かべていた笑みをひっこめると突然大人の顔になり、の鼓動はまた騒がしくなった。ああやっぱり、どんなに仕事が出来なくてもこのひとはオトコノヒトでオトナなんだって思い知らされて、ちくりと胸が痛む。( あれっ、なんで…? )コトンと首を傾げただが、学校一鈍いと評判らしい彼女に分かるはずもなかった。「乗らないの?あ…やっぱり僕の車には」「ああもう違います!ちょっと考え事してただけですっ」ぷんぷんと怒りを隠そうともしないに、フィンランドはおかしそうに笑みを浮かべた。 「 あ…ここで良いです。ありがとうございました 」 「 え?家までもうすこしあるよ? 」 「 本屋さんによりたかったんです、参考書買いに。お母さんにもそう言ってあるし、大丈夫です 」 「 そう?僕のほうこそ、いろいろありがとう。ねえ、 」 「 は…はい? 」 「ちょっと来てごらん」と言われて、なんだろうと首をかしげていただったが、ふわりとフィンランドの顔が近くなったと思うと、額に温かい何かが触れた。「きょうのお礼」「なっ…なにするんですか先生の癖にっ…!犯罪です!」「ええ?なになに突然。僕の知ってるは他人を傷つけるようなことを言わない子だよ?」「で、でもっ!ほかにあるでしょう!プレゼントととか…せめて手、とかっ!す、すきなひとにだってまだされたことないのに…変態です!」言いたい放題のにしばらく笑みを浮かべていたフィンランドだったが聞き捨てならない言葉が耳に入り、思わずの肩を掴んだ。 「 すきなひと? 」 「 え…?あっ… 」 「 だれ?相手によっては僕も容赦しないよ 」 「 ど、どうして先生にそんなこと言われなくちゃならないんですかっ、父親でもないのにっ 」 「 当り前じゃないか!僕はきみのことを、生徒以上の気持ちで見ているんだから… あっ 」 「 え…?せん、せい? 」 「 ご…ごめんっ!いまのなしっ!忘れてっ!じゃあまたあしたねっ 」 「 ええ!?先生っ卑怯ですそんな!ちゃんと説明してください−っ! 」 吠えるを余所に、フィンランドはそそくさと車に乗り込んで暴走する勢いで車を飛ばして消え去った( 危ないなあ! )。ひとりぼんやりとたたずんでいただったが、このとき誰かに見られていることに、気付くはずもなかった。 心臓が恋をしたみたい |