はじめてその姿が目に触れたのは、彼女がまだもうすこしだけ幼かったころ。「きれいだなあ…」ショウウインドウにくぎ付けになって、ウェディングドレスに見とれていた彼女を見かけたときだった。その様子があまりにも年相応で可愛らしくて ―――― 愛しくて、切なかった。いつしかドレスに身を包んだ彼女の隣にいるのは自分であったなら良いのにとさえ、願うようになった。あれから十数年、街中でも彼女と出くわすことが少なくなったある日の夜、ついに自分にとっての初仕事をする夜がやって来た。そう ―――― このことを知るものは誰一人いないけど、俺はいま世間を騒がせている怪盗、ア−サ−・カ−クランドだ。


「 気をつけるのです。なんか嫌な予感がするのです… 」
「 おまえなあ、それいつも言ってるだろう。下調べもしてあるんだ、大丈夫 」
「 そういう問題じゃないと思うんですけどね… はい帽子 」
「 サンキュ。とにかくここは助手のおまえがとやかく言う場面じゃね−ってことだ 」
「 とはいえ相手はあの最強探偵軍団…侮りは禁物なのですよ 」
「 分かってるって。おまえもほんと、心配症だよなあ… じゃあ、行って来る 」
「 はいなのです! ―――― あの、ちゃんと教えてくださいね−?彼女の様子っ 」
「 はいはい、おまえも気になんだろ?助手のアイツのこと!分かってるって、じゃあなっ 」


こいつは怪盗見習でオレの助手の、シ−ランド。何年かまえに、怪盗になりたいだなんて言って弟子入り志願して来たやつだ。このご時世、モノ好きもいたものだと感心したのをいまでもなんとなくだが覚えてはいる。志願理由は教えてはくれなかったが、あの様子だとあいつもあの胡散臭い探偵事務所の助手、が目当てに違いない。怪盗としてのノウハウを教えるのは構わないが、だけは譲れない ―――― 譲ってたまるものか。だからこそ、彼が一人前に仕事が出来るようになるまでに、なんとしてでもをこの手中におさめなくてはならない。俺にはその野望を達成する義務があるのだ。約束の時刻に彼女が所属している探偵事務所の屋根上に来てみれば、彼に調査させていたとおり探偵たち ―――― とりわけ、総合指揮を務める優秀な探偵のひとり・本田菊の姿は見当たらなかった。諜報たち数名もまた、別室で作業をしている。予想どおり、の書斎である助手執務室には彼女の姿しかない。「ずいぶんと手薄だなあ…罠か?」呟いて、首をかしげる。留守中の菊の姿に変装した俺は、堂々と正面から適地に侵入を試みた。


「 菊さん!おかえりなさいっ、早かったですねっ 」
「 ええ、あなたのことが気がかりだったもので… その後異変はありませんでしたか? 」
「 …ええ、何事も。疲れましたでしょ、お茶でも入れますね…適当にかけてください 」


どうやらまだ、自分が怪盗であることに気付いていないようだ。はそういうとにこやかに話をすすめ、ポットにお湯を注いだ。「お構いなく。のほうこそお疲れでしょう、今夜はわたしがお茶を入れますよ」菊の穏やかな口調でそう話し、ア−サ−は高鳴る鼓動を懸命に抑えようとしていた。「え、でも…」「いつものお礼がしたいんです。迷惑…でしたか?」遠慮がちにそう言ってみれば、は瞳を輝かせて「あ…ありがとうございます!菊さんのお茶、ここにおいておきますねっ」と言ってデスクに座りなおした。俺はに、と薄く笑みを浮かべると懐から少量の睡眠薬を取り出し彼女の湯のみにそっと混ぜた。どうせしばらく寝ていないんだろうから、これくらいさせてもらっても大丈夫なはずだ。


「 はいどうぞ、さん 」
「 ありがとうございます、菊さん!すこし寒かったから…いただきますっ 」


「ええ」と軽く返事をしてお茶を半分ほど飲み終えたころ、こっそりとの様子をうかがってみた。やはり、すやすやと気持ちよさそうに寝息を立てている。この部分だけを見てみると少女そのものなのに、いざ仕事となると表情は一変するのだからそのあたりは大したものだと感心する。「…」「ん…」サラサラと指の間をすり抜けて行く錦糸の髪は、まるで清らかに流れる水のようだと思った。途端に汗ばんでいく手のひらが、やはり彼女を自分のものにしたいと思っている自分の心を如実に表しているようだった。


「 … 俺はおまえのことが… 」
「 ――― そこまでだ、ア−サ−・カ−クランド 」
「 はあ… やっぱりいちばんに気付くのはおまえなんだな… アルフレッド 」
「 物音がしたからおかしいと思ったんだ。もっとも、彼女も異変にはすぐに気付いたようだけどね 」
「 ああ、なんとなく気付いていたよ。ほんとうに、君たちは優秀なんだな… 菊が信頼するのも頷ける 」
「 分かったらいますぐから離れてもらおうか。我々も彼女を手放したくはないからね 」
「 それはオレだって同じだ。つまりアルフレッド、それは宣戦布告と受けて良いんだろうな 」
「 ああ、菊からの伝言でもある 」
「 クク… ほんとうに優秀なんだなあ…。分かった、その布告受けて立とう 」


そういうとア−サ−はどこか勝ち誇ったように笑みを浮かべて、そっとの額に触れるだけのキスをした。「じゃあな、前夜祭にしては良い余興になったぜ」「前夜祭…?っていうかおいっ!俺たちだってまだ…!」「おまえらが奥手なのが悪いんだろ?言っておくがそんなんじゃは一生手に入らね−ぞ?じゃあな探偵事務所諸君」そういうとア−サ−は菊のお面をひきはがし漆黒のマントを翻して踵を返した。「おいこら…っ!」「アルフレッドさん!」「菊…してやられたよ。まさか堂々と正面から現れるとはね…」「そうですか…予想してはいましたが…相手はこちらが思っていたより本気、のようですね…」帰宅したばかりの菊はアルフレッドとのやりとりも手短に、デスクですやすやと眠っているを見つめ、肩に重くのしかかるようなため息を吐いた。深い深い夜はまだ、明けることを知らない。


A to Z 「 title : An inviolability domain 」
※ 探偵パロのリハビリに、怪盗サイドな英を書かせていただきました−!ほんとうに、一瞬で書けた気がするなあ…笑 あ、それも愛ゆえですね分かります笑