「、邪魔するぞ ――― ん?なんだ?」の自室にやって来て、イギリスはちょっとした異変に気がついた。いつもならノックした時点での「どうぞ」と言う丁寧な声が聞こえるはずなのに、きょうはまったくの静寂だ。いまは昼で、午前中の家で開かれた会議に出席するために彼女の家に来ていたのだが、報告書を先に渡しておこうと自室へ来たのは良かったものの、これはいったいどうしたことだろう? 「…寝てる」 ぽつりとつぶやいてテ−ブルの上に伏せているを見つめ、ふっと笑みを浮かべる。の寝顔を見るのも、ずいぶんと久しぶりのように思う。小さいころは良く、アメリカとふたりでの寝顔を眺めていたものだ(そうしてその後口論という名のバトルが始まって、に良く怒られていた)。いまでは別々になって、お互いに忙しくしていることもあり、こんなふうになかなか、穏やかな時間と言うものをすごせないでいるのもまた事実だった。「しっかし…良く寝てんなあ」額を軽く掻き毟るようにしながら、キョロキョロとあたりを見回す。もちろん、にかけてやるものを捜していたんだが、どうやらそれらしいものはないみたいだ。 「たく…ちゃんと返せよ−」 ぽんぽんとの頭を優しく撫でるようにしつつ、そっと肩にコ−トをかけてやる。「ん…イギリス、さん…」突然名前を呼ばれ、イギリスは何事かと後ずさりをした。けれどもどうやら先ほどのは寝言だったらしく、ホッと胸をなでおろした。出来ることなら、もう少しの寝顔を眺めていたいところだけれども、時間がそれを許してくれない。あと一時間くらいで、自分の家に戻らなければならないのだ。 「今度は、フランスの野郎が相手だしな…」 「イギリスさん…?」ドアノブをひねろうと手を伸ばすと、目を覚ましたらしいに、今度こそ呼びとめられた。嬉しい反面、素直に喜べないのがイギリスをなんとも言えない気持ちにさせた。「、起きたのか」振り返り様そう言って、ちょっとだけ困ったふうに瞳をすがめた。「あれ…いけませんでした…?」まだ眠気が残るのだろう、ぼんやりとした様子で、だけれど声色はいつものままで、そう言った。「いけなくはないが…、眠いんだろう?もう少し休んでいて良いぞ」イギリスはそう言って、に眠るように促した。 「でもイギリスさん…折角わたしの家に来てくださったのに…」 「大丈夫だ、そのうちまた来るさ」 「イギリスさん…はい…」 頼むから、そんな顔をして何度も俺の名前を呼ばないでくれ ――― 「行きにくく、なるだろ…」グッとドアノブに力を込め、の表情を払拭しようとするように、強く強く、瞳を閉じた。だけれどそれが逆効果だったということに気付くのには、そんなに時間はかからなかった。瞳を閉じれば閉じるほど、その時間が長ければ長いほど、思い出されるのはの寝顔 ――― の表情ばかりだった(なんだかいまの俺、変態みたいだな…)。 「」 「はい?」 「いまから起きることはすべて、夢だからな」 「は…はい??」まだ良く分かっていないらしい ――― それで良い。イギリスはくつくつと喉の奥で笑いながら、そっとの髪に触れ、その額に優しく口づけた。「な…ッ!?」どうやら目が覚めてしまったようだ。イギリスは少々残念に思いながらも、に文句を言われないうちに、彼女の自室を飛び出した。 「イギリスさんっ!今度会ったらただじゃおきませんからね…!!」 ドアの向こうから、怒りに満ちた声が響く。イギリスはこらえていた笑いを吹き出し、お腹を抱えて笑った。の様子が目に浮かんでは消える。これはだいぶんと重たい症状のようだと腹の奥で失笑した。次にと会ったときの言い訳を考えながら、イギリスはひたすらフランスの家への道のりを歩いた。「あいつの家についたら、自慢してやろうかな」言って、笑みを浮かべる。彼の家へは、あと少しだ。 きみの余韻 |