特に何もすることがなく、暇をもてあましていた俺は、ふと思い立って受話器を手にとった。「につないでもらいたいんだが」執務官にそう告げ、紅茶を注ぎながらが出るのを待つ。「もしもしイギリスさん?どうなさったんですか?」驚きと歓喜の入り混じったような声が聞こえ、あまりにも予想通りの反応に表情が緩む。 こらえるつもりでいた笑い声が、自然とあふれてしまい、の「な…、何がおかしいんですか!」と言う当然とも言える怒声でわれに返る。 「くく…っ、すまない。 元気そうだな、その調子だと」 「元気ですよ?いまは祭典の準備で忙しいですけどね。 イギリスさんこそ、どうなさったんです?イギリスさんから電話をよこすなんて珍しいじゃないですか」 「ん?ああ、たまには幼馴染の様子でも伺ってみようと思ってな」 「さてはイギリスさん…、お暇だったんですね」 ぎくり。の目を眇める様子がまぶたに浮かんで、俺は次の言葉に困ってしまった。図星と言えば図星だが、それをわざわざ はいそうです と言えるほど素直でもない俺は、 沈黙するに落ち着く。だがこれが災いと転じたのか「まったくイギリスさんは…。 特に用件がないようでしたら、切らせていただきますよ」と言うの厳しい一声が冷たく脳裏に響いた。さすがの俺も居心地が悪くなり、「い、いや!用がないっていうわけじゃ…!、こっちに来る時間…ないよな」しどろもどろになりながらも、ようやく本題を口にする。 するとは「そうですねえ…2月14日でしたら、お休みがありますが…」手帳をめくっているのだろう、ぱらぱらという音が聞こえる。2月14日!なんというグッドタイミング。 俺は思わず声に出して喜んでしまいそうになったが、ここでとの貴重な時間を不意にするわけにはいかない。あわてて咳払いをして、受話器を握りなおす。 「じゃあ、適当な時間を見つけて来てくれ。 渡したいものがあるんだが」 「渡したいもの…?」 「それは来てからのお楽しみだ。まあ、すぐ分かるかもしれないけどな!じゃあまたな」 「え?あの、イギリスさん?」の慌てた声を聞きながら、俺は半ば強引に受話器を切った。忙しいには申し訳ないと思ったが、これは小さいころからの習慣のようなものだ。 いままでそれを実行しなかったのは、正直自分自身迷っていたからであって、まったくプレゼントする気がなかったと言うのはうそになる。ほんとうは毎年何かプレゼントしたくて、だけど出来なかった。 忙しいいまだからこそ、の力になりたいと思った。自分の不器用さにいらいらすることもあったけれど、ならきっと、まっすぐ受け止めてくれるに違いない。そう思いながら、俺はが来る日を待ち望んだ。そして、あっという間にその日はやって来た。「あいつに会うのも、ずいぶん久しぶりだなあ…」プレゼントの用意をしながら、遠い昔に思いを馳せる。 もう何年ぶりかなんて思い出せないくらい久しぶりのことで、最後に会ったのはいつだっけ・と首をかしげてみたりする。そうしているうちに、屋敷のインタ−ホンが鳴り響いた。きっと、だ。 「よお、良く来たな」 「イギリスさん!お久しぶりです!」 「うわ、分かったからいきなり抱きつくなって! まあ、元気そうでなによりだな」 「はい!イギリスさんも、お変わりなさそうで良かったです。 それで、ご用と言うのは…」 「いきなりかよ。まあそう急ぐなって! 折角なんだ、庭でお茶でもどうだ?俺んちの紅茶入れてやるぞ」 しばらくまじまじと自分を見つめていただったがやがてぱあ・と笑みを浮かべ「はい!イギリスさんの紅茶、久しぶりなので嬉しいです」と言って両手を胸元で組んだ。 これはが心から喜んでいるとき、心から悼んでいるとき、心から祈っているときに現れる癖のようなものだ。もっとも、本人は自覚してなどいないだろうが。 イギリスは軽くため息を吐いて、に庭のテラスで待つように言い残しキッチンへ向かった。紅茶とレモン、シロップやクッキ−をトレイにのせ、の待つ庭に向かう。心地よい午後の日差しが、庭いっぱいに広がっていて、その日がいちばん照らされている場所に、寝転んだの姿があった。 「イギリスさん、見てください!小さいですけど、春のお花ですよ!」 「へぇ…、気づかなかったな。 もう春が近づいてるんだな」 「はい。イギリスさん、毎日このお庭におられるはずなのに、意外と気づかないんですね」 「まぁな、身近なものほど気づきにくいもんだ」 「イギリスさん…?はい、そうですね」 一瞬首をかしげたも、やがていつもの笑みを浮かべていすに腰をおろした。俺もに習って、向かい側にすとんと座る。まだまだ肌寒さはあったけれども、日差しは春を思わせるほど暖かくて、 なんだか気分までぽかぽかしてくる。そんなふうに思っていると、が同じようなことを言い出したもんだから、「そうだな」なんて軽口がこぼれた。こんなふうに、穏やかにすごす時間が幸せだなんて思えるのは、 なんだかとても久しぶりのような気がした。「イギリスさん。そういえば気になっていたんですが、そのトレイに添えてあるお花は…」不意にがそう言って、一瞬自分の心臓が跳ね上がる。 「アネモネ、ですよね。きょうは2月14日ですし…誰かに差し上げるものなんですか?」 「に、似合わないとか思ってるだろ」 「え?いえ、そんなことはありませんよ。バレンタインですきな方にお花を差し上げるのは、イギリスさん流ですもの。 …え、」 「ど、どうしたんだ?」 「イギリスさん、まさか…わたしに…?」 少しずつ、の瞳が見開かれていく。ああもう!どうして変なところでひとの心に敏感なんだ、この子は。俺はどうしようもなくなって、ため息混じりに頭をかかえた。のこういうところも健在だったとは、思ってもみなかった。…不覚だ。「ずっと花、やってたろ。ガキのころから…」重たいため息のあと出た言葉は、どこか開き直ったような台詞だった。 「そういう意味、だったんですか…?いままで、ずっと…」普段からあまり動じないが、珍しくうろたえている。無理もないだろう、と思う。だから俺は、ゆっくりと正直にすべてを話した。 「あのころの俺は…すきって言うもんを家族愛のような意味で捉えてたんだ」 「まぁ…そうだったんですか…」 「だから、それはいまも変わらない。 家族として、の力になりたいと思う」 「家族…」 「か、勘違いされるまえに言っておくけどな。こ、この花だって別にお前のためじゃ…! ?」 言えた ―― その安心感はすぐに、の泣きすする声にかき消された。な・何か俺はまずいことを言ってしまったのだろうか。「おい、?」動揺を隠さないまま、俺はの名前を呼んだ。しばらくすると落ち着いたのかすすり泣く声は消えて、が顔をあげた。「ありがとうございます、イギリスさん…。わたし、何も知らなくて」ごめんなさい。いまにも消えてしまいそうな声で、最後の6文字を綴った。 謝ることじゃない。が謝ることじゃ、ないんだ。ごめん、ごめんな。泣かせるつもりなんてこれっぽっちもなかったのに、久しぶりの再会でこんなふうに泣かせてしまうだなんて。 「あ、あのさ!」 「は、はい?」 「これからも花…贈ったらだめか?」 「え…」 「少しでもが笑顔でいてくれるように、俺、」 「イギリスさん…!はい、もちろんです!」 いつの間にかは泣き止んで、かわりにぱあっとあふれんばかりの笑みを浮かべた。それは昔、俺がその笑顔を見たいがためだけに花をプレゼントした、あのころとおんなじ輝きだった。 ね、君が思ってるよりずっと単純 |