「香港さん、お久しぶりです」 「姉!遠いところをわざわざ…大変だったろ」 「いえ、香港さんの目まぐるしさに比べたらどうってことありませんよ」 はそう言って昔となんら変わらない優しい笑みを浮かべ、出迎えた香港と握手を交わした。かつて姉貴分だった姉に会うのも、実に数年ぶりだ。 ようやくイギリスから領土を返還してもらえたと思ったら、目まぐるしくすぎていく毎日が続いていたのだけれど、きょうは少し違った。姉が、来てくれた。「イギリスが悔しがってるんじゃないのか?」て言ったら姉は「お忍びで来てますから。まだバレてはないと思いますけれどね」と言って悪戯っぽく微笑んだ。 「これ、イギリスさんのお宅に立ち寄ったときのお土産です。お口に合うか分かりませんが」 「イギリスの紅茶か。懐かしいな…、サンキュ−姉。早速お茶に出させてもらうよ」 そう言うと香港はとても嬉しそうに、いつも三人いっしょだったあのころを思い出させるような笑みを浮かべて、席を立ち上がった。 「お手伝いします」はそう言って立ち上がったのだけれど、香港は「姉は客人なんだから!すぐ終わるし、座って待っててくれよ」と言って奥の部屋に消えた。 少し見ない間に、ずいぶん大きくなったんだなあ・なんて思うと、また少し表情が緩むのを感じた。同時に、少し寂しさも感じた。昔はなんでもかんでも、姉である自分頼りだったから。 ♪ 「姉?」 「そうそう、のほうがずっとお姉さんなんだからちゃんと姉ちゃんて呼ぶんだぞ」 「い、イギリスさん!良いですそんな…、普通に呼んでくださったほうが嬉しいですし」 「お前ら俺んちに暮らしてるんだから、そういうのはしっかりしてもらわないとな!な・アメリカ」 「ん?あ−、ああそうだな」 「なんだよその煮え切らない返事は!ああそうか、お前俺のこと兄貴って呼ばないからな−」 「ちが!なんだなんだ、呼んでほしいみたいな言い方…!も−助けてくれよ、」 「わ、わたしに言われましても…、ほら香港さんが怖がってますよっ。しっかりしてくださいお兄さん方!」 香港をかばうようにしながら、ふくれっ面をしたに適う者は、誰一人としていなかった。それほどにがしっかり者だったこともあるけれど、なによりみんながに嫌われたくない・と言う思いが強かったからこそ、何も言えなかっただけのことなんだけれど ―― このときはまだ誰も、そのことに気づいた者はいなかった。 「姉…」不意に足元から、そんな消え入るような声が聞こえたかと思うと、ぎゅ・っとスカ−トのすそを握り締められる感覚がした。 「大丈夫ですよ、香港さん。このおにいちゃんたちに悪いことをされたら、わたしがただじゃ済ませませんから」 「ほんとう…?」 「ええ、ほんとうです。ですから、笑ってください」 「笑う…?」 「はい、こんなふうに。香港さんには、笑顔がいちばんですよ」 そう言ってが微笑むと、香港も真似をして笑みを浮かべた。その様子を影から見守っていたイギリスとアメリカは「香港が笑った…」と声をそろえて、お互いの顔を見合わせた。 そうしたら、いままで言い合っていた自分たちがどうでも良くなって、自然ともやもやした気持ちも払拭されていった。このまま四人でずっといられたら・って望んでしまうくらいに、 四人ですごした時間は夢のようで、優しくて、暖かかった。 ♪ その日の部屋の空気は、心なしかひんやりと冷たかったのを、いまでもぼんやりと覚えている。相変わらず姉の隣で朝食を食べていた香港は、ほんの少しを見上げるようにして顔をあげた。 あたりを見回してみても、その空気は変わらなかった。唯一、自分がはっと気づいたのは ―― アメリカがいない・そのことだけだった。 アメリカがいない理由は、聞かなくても分かっていた。ここしばらく、アメリカとイギリスが派手なケンカをしていたのを姉も自分もこの目で見ていたのだから、知らないはずはない。 「姉…フォ−ク反対…」 「え?あ…、ありがとうございます香港さん」 そういった姉は、確かに微笑んでいたのだけれど、その笑顔にはなんというか ―― 元気がなかった。生気・って言ってもいいかもしれない。 イギリスも体力を消耗しきったようにうなだれていて、自分としてはこちらのほうが見るに耐えなかった。イギリスが、折れた。 そうなることを自分も姉も、心のどこかで予想していたのかもしれない ―― だって。よくよく考えてみれば、イギリスがアメリカを撃つだなんて無理に決まってる。 そして、姉が両親といっしょにこの家を出て行くという話をイギリスに持ち出されたのは、アメリカが出て行ってから数ヵ月後のことだった。 「姉も…行っちゃうのか?」 「香港さん…ごめんなさい。みんなで決めたことですから…」 「アメリカも姉も…なんで…?イギリスが嫌いになったの、か?」 そう言ったら姉は、ほんとうに寂しそうに首をふるふると振って、自分と同じくらいにまで背をかがめた。「違うんです…、違うんです、香港さん」の瞳は、揺らいでいた。 ほんの少し、目じりに涙を浮かべて、一生懸命に首を振るその姿は、自分たちがアメリカを嫌いになったわけじゃない・と言うことを証明するのに十分すぎる行為だった。 「じゃあなんで…」香港がそう聞き返すと、姉は静かに微笑んで「旅立ちのときなのですよ」とだけ言って立ち上がった。 「鳥は、大きくなったらひとりで巣立つでしょう」 「…うん」 「わたしたちもまた、そういう時期なのです。 大好きな者の手から飛び立つときなのです…香港さんにも、いつかきっと分かるときが来ますよ」 「姉…」 「そんな顔をしないでください・香港さん。離れはしますが、永遠に会えないということではないのですから」 そうかもしれない。姉の言うことは、正しいのかもしれない。だけれど ―― 当たり前が、少しずつ崩れていくことが、こんなにも悲しいだなんて思いもしなかった。 それは大きくなったいまでも、時々感じることだけれど、いろいろなことがはじめてだったあのころの自分には、少なからず衝撃的なことだった。 いつの間にか昔のことに思いをめぐらせていた香港はふと我に返り、お菓子とポットののったトレイを抱えて、姉のいるリビングに向かった。 「姉お茶…、」 トレイをテ−ブルに置いて、香港ははた・と動きを止めた。が、眠っている ―― とても心地よさそうに。長旅の疲れからか、それとも自分の家にきたからかは分からないが、姉の眠りを邪魔するわけにはいかない・と思い、香港は近くにあった自分のコ−トをかけ、起こさないようにそっと姉の寝顔を見つめた。 「姉は…昔のまんまなんだな…」 少しきれいになったくらいで、中身なんかはぜんぜん変わっていない。そう思ったら、愛しさや懐かしさがこみ上げて、嬉しくなった。 だから、かな ―― 姉の額に、触れるだけの口付けをしてしまったのは。イギリスに知られたら大目玉をくらいそうだ・なんて思いながら、香港はふっと笑みを浮かべた。 愛しさに委ねたら |