「ごめんなさい、イギリスさん。わたしたち、何もお返し出来ないままこんなことになってしまって、」 小さな少女を足元に従えて、ふんわりと ―― だけれどひどく疲れきったように、彼女はそう言った。 長身の彼女は確か、流行病を患っていたはずだが、その衰弱さを微塵にも見せず、常に笑顔を浮かべたままイギリスを見据えた。 彼女の夫はイギリスの友人で、彼らの娘・同様にイギリス、アメリカとの幼馴染だ。それが何故、対峙する形になっているのか。 答えは、支局簡単だった。イギリスは、目のまえに立っている何処となく寂しそうな表情を浮かべている男性を見た。 「いずれこうなることは分かっていた。大変だろうが、無理はするなよ」 「イギリス…ありがとう。ごめんな、俺…イギリスに何も出来なくて」 「分かったから、そんな顔するなって。まさか引き止めて欲しいわけじゃないだろう」 「ぱぱ!言いたいことはちゃんと言わなくっちゃ、伝わらないんだよっ」 「…、そうだな。ほんとうは、引き止めて欲しかったのかもしれない。 でも…俺たちは、俺たちの力で生きていくと決めたんだ。イギリスと離れるのは寂しいけど、永遠の別れじゃないんだから」 「…。ああ、分かってるさ。なんていうか、おまえらしいな」 そう言って、イギリスはようやく笑みを浮かべた。アメリカが独立したばかりで、何もこんなときにと気がとがめたけれど ―― はそう付け加えて、 愛娘・と同じ姿勢までかがんで、彼女を差し出すようにす、とまえに立たせた。そうして「、よく覚えておくんだぞ。このひとがイギリスさん、だ。 俺たちとずっといっしょにいてくれた、大切な友人だよ」そう言い、微笑んだ。何故だかイギリスは、無性に胸が痛くなるのを感じた。同時に、目尻が熱くなる。 「イギリスお兄ちゃん」 「ん、なんだ?」 「いままでありがとう。離れちゃうけど、これからもずっとお友達だよ!」 「…ああ、そうだな。ありがとな、…奥さんを大事にしろよ」 「ああ。じゃあ…またな、イギリス。敵にならないことを祈っているよ」 「嫌なこと言うなあ…けどまあ、そうだな。お前らとは戦いたくないな、なんか」 「あらあら、そんなことおっしゃって。ついこの間まで血相変えて鉄砲打ち合ってたのは何処の誰だったかしら」 「そう言うなよ。結果的には丸く収まったんだし…、それじゃあ元気でな」 そう言って、彼らは背を向けてゆく。不思議と、猜疑心はなかった。むしろ、満ち足りていた。彼らの幸せさえ、願ったくらいだった。 こんな気持ちははじめてだった。アメリカのときとは少し違う、不思議な気持ち。イギリスはゆっくりと目を開いて、目尻を拭った。 ―― 涙? 「イ、イギリスさん?どうなさったんですか?」 「?お前、どうしてここに…」 「いっしょにお茶しないかって誘ってくださったのはイギリスさんですよ?」 そんなことも忘れてしまったんですか?とでも言いたそうに、あきれた表情の少女の顔が、視界いっぱいに広がる。 そうだ ―― 道理で見覚えのある顔だと思っていた。若い男女に付き添われていた少女 ―― あの少女が、いま目の前にいる少女だったとは。 イギリスは不覚だ、と思いつつ額を拭った。ほんの少し、汗ばんでいる。どうやら、涙ばかりでなく寝汗までもかいてしまっていたようだ。 「はい、どうぞ。何か、悲しい夢でも見ましたか?」 「悲しいと言うより…懐かしい夢だったな」 「懐かしい…?」 可愛らしく首をかしげるを見据え、こくりと頷いてタオルを受け取る。あれからもう、20年近くが立とうとしているのか。そう思うと、時間の長さというものを嫌でも感じてしまうものだなと、 イギリスは自嘲気味に笑った。アメリカもも、もう自分の手元にはいないのに、寂しくない。それはたぶん ―― 。そこまで考えて、イギリスは不意に、の視線がすぐ近くにあることに気づいて、 がば、っと立ち上がった。何事かと、目を丸くしてイギリスを見上げる ―― けれどもその目に疑いの色はなく、優しさだけが瞳の奥で揺らいでいた。 「すまない…驚かせたな」 「いえ、いまのはきっとわたしの所為ですから…落ち着かれましたら、あちらでお茶にしませんか?」 はそう言って、ふんわりと微笑んだ。見覚えのある笑顔 ―― ああ、そうか。あの優しい笑顔は母親譲りなんだと、不意にイギリスはそんなことを思った。 イギリスとは白いテ−ブルに腰掛け、イギリスは紅茶を注いでくれているのことを、何となく見つめた。ほんとうに大きく成長したなぁ、としみじみ思う。 「小さいころのが出てきたよ」自然とそんな言葉が口をつき、イギリスは自分でも驚いた。当然のようにも「小さかったころのわたし、ですか?」と聞き返す。 イギリスは後頭部をかきながら仕方ない、と腹をくくった。夢のことを話すのは少し気がとがめたが、なら笑わないだろうから、大丈夫だろう。そう思って、少しずつ口を開いた。 「両親に寄り添っていた。たぶんあれは…お前たちの領土を手放したときの夢だな」 「そうだったのですか…それでは、お父様も?」 「ああ、の親父も出て来たよ。あと…ぼんやりだけど、の母親もな」 「そうでしたか。それで懐かしい、とおっしゃってたんですね」 悲しむでもなく、物思いにふけるでもなく、はそう言って紅茶をすすった。イギリスはああ、とだけ言って頷いた。 「わたしも時々見ますよ、イギリスさんや両親の夢を」ふんわりと微笑んでそう言うの表情を見つめ、イギリスは何故だかいたたまれなくなった。が寂しい思いをしているような気がして。が、泣き出しそうな顔をしているように見えて。ぜんぜん、そんなことなんてないのに、不思議だった。 だからだろうか、気がついたらを抱きしめていた。を守りたいという思いだけが体中を、脳内を支配して、もうどうにも出来なくなっていた。 「イ…イギリスさん?」 「は…俺が守る。ぜったいだ」 「イギリスさん…、はい」 拒むことをせず、はただそう言って頷いてくれた。友人の子供だからとか、そんなの関係ない。ただだから、守りたい。そばにいたい。 ただそれだけなんだと心の中に話しかけながら、イギリスは今度こそ、この胸の中にあるぬくもりを失いさせはしないと心に誓った。 君がいる夢をみた |