アメリカとの会談を終え、滞在期間も残すところあと半日限りとなったある日の午後 ―― 不意には、見覚えのある背中を見つけ、何となく声をかけてみた。 「…あれ、イギリスさん?何故ここに?」声をかけられた当人は、額に少し冷や汗を流しながら「お…、おう、!久しぶりだな!」と途切れ途切れにそう言った。 なんだろう、話しかけないほうが良かったんだろうか。はそう思い「あの…、なんだかお邪魔みたいなので即刻立ち退きますね」と言ったのだが、 「い、いや!邪魔なんかじゃないぞ!」と、何故だか逆にアメリカに、全身全霊で阻止される羽目になってしまった。何がなんだというのでしょうか? 「ですが…何処からどう見てもいないほうが良い的な空気じゃないですか」 「そんなことはないぞ。むしろならいつでも大歓迎さ!な、イギリス!」 「おお…!つ−かアメリカ、のまえだけその態度は止めてくれ。気持ち悪い」 「日本風に言うときもいですね。ですけれど…おふたりで何をなさってたんです?」 「日本風に言い直す必要はないよ…、きみはほんとうに日本がすきなんだな。 んん?ああ、イギリスにあるものを頼んでおいたんだよ。それを届けてもらってたのさ」 「…あるもの?機械系ですか?」 「…お、は察しが良いな!まあそんなところだ。折角なんだし、たまには三人でお茶しないか」 イギリスの提案に三人とも同意したが、そのあとは「近くにおいしいカフェのお店を見つけたんですよ!そこに行ってみたかったんですが、良いですか?」と、 ふたりの会話に割って入るような形でそう言った。当然のようにアメリカは首をかしげていたが、イギリスだけは何処か面目なさそうに「そ…、そうだな」と項垂れた。 どうやら、の意図が読めたようだ。も心の中でほんの少し良心が痛むのを感じながら、行きましょう、と笑顔をつくった。 「ふ−、でもこんな偶然もあるものですね。あ…、ありがとうございます」 「どういたしまして。そうだな−、個人個人で会うことはあっても、複数人でっていうのはなかなかないな」 「そりゃあそうだろう、どの国も忙しいみたいだしな」 「そういえばアメリカ、ニュ−ス見たぞ。いろいろ大変みたいじゃないか」 「ん−、まぁね、ちょっと肩身狭く感じるよ」 「そんなふうにお思いになられるのでしたら、もう少し自身が大国であることを自覚なされば良いのに」 「…まったくだ。おまえには自覚っつ−もんがなさすぎる」 「むッ、説教なら聴かないよ。折角楽しい席なのに、きみは吹っかけるのがうまいな。 さすが百年暴れただけあるな!それともまだ暴れたりないのかい?若いって良いな、体力が有り余っててさ」 「何言ってんだ、アメリカ。おまえだって十分若いだろう…、と言うよりお前がいちばん若いだろう」 「それならに言ったらどうなんだい?まだまだ元気ありそうじゃないか」 「アメリカ…、さりげなく失礼だぞ」 イギリスが、さりげなくをかばうような発言をする。すると今度はアメリカが「そうやってきみはの見方ばっかりして!昔とちっとも変わってないな!」と言い、 注文しておいたらしい珈琲を音を立ててすすった。その様子を見ていたイギリスが「あ−、お前相変わらず行儀悪いよな…」と呟くのを聞きながら、はぷっと噴出した。 不意にアメリカが「どうしたんだい?突然」と、のほうを見てそう言った。必然的に、イギリスものほうを振り返る形になる。 「ふふ…、いえ。おふたりとも、ぜんぜん変わってないんだなって思って…」 「そう言うだって、変わってないように見えるぞ」 「…そうでしょうか?」 「ああ。けどまぁ、しいて言うならきれいになったってくらいかな」 「アメリカ!きみはまた…ひとが言おうとした台詞を!」 「い、痛いだろうがアメリカ!分かったから襟元締め付けるのは止めてくれ!」 「なんだかおふたりとも…ほんとうの兄弟みたいですね」 「誰が。ったく…用事もすんだし、俺はもう帰るぞ。、今度は俺んとこにも来るんだろ」 「え?ああ…、はい。そのつもりです」 「あ−今度はフランスと鉢合わせるかもな−、俺の予想だけど」 イギリスはそう、意味深げな発減を残して、ス−ツを羽織りなおした。そうして、足元に置いてあった小型のアタッシュケ−スを手に、何処かへ姿を消した。 恐らくは空港だろうが、行き先を教えてもらっていないには、検討もつかなかった。不意にアメリカの「やれやれ…」というため息にも似た声が聞こえ、は座りなおしてアメリカのほうを振り返った。少しだけ、珍しくくたびれた様子のアメリカがいて、はほんの少し目を眇めた。 「大丈夫ですか?」 「ん?ああ…なんとかね。あとは落ち着くのを待つだけだよ」 「そうですか…わたしのところは孤立していますから、経済の影響はありませんが…」 「ああ…、確か、きみのところは特殊なんだったな」 「はい。なので経済的な支援は出来かねますが…ええと、お手伝い出来なくてすみません」 「構わないさ、いままでだって今回みたいなことはたくさん経験してる。何とかなるさ」 「アメリカさん…、がんばってくださいね。若いうちはいろいろ未経験なことが多くて戸惑うでしょうけれど」 「分かってるよ。も、油断は禁物だぞ」 「はい、ご忠告ありがとうございます。アメリカさんも無理しちゃだめですよ」 「ああ、分かってるつもりさ。も、ゆっくりして行ってくれよ」 「あ…、はい。でも、残念ですね」 「何がだい?」 残った珈琲を飲み干しながら、アメリカはそんなふうに問いかけた。は冷めかけたカプチ−ノを飲みつつ、アメリカを見上げ「もう少し、三人でお話していたかったのに」と言ってため息を吐いた。 ほんとうに残念そうにしているを見つめ、アメリカは何処かバツの悪そうに眼鏡を押し上げ、「…、仕方ないさ、イギリスだって忙しいんだろうし」と言った。 そんなアメリカの表情もまた、何処か寂しげで、自分とおんなじ気持ちなんだと気づいたは、ふんわりと微笑んで「…そうですね」と言い、カプチ−ノを飲み干した。 「払ってくるよ」 「あ、良いですよ!言いだしっぺはイギリスさんなんですし、わたしが立て替えておきます」 「え…、でもそれじゃあきみが大変だろう。帰りの持ち合わせはあるのかい?」 「大丈夫ですよ、余分にありますから。それに、アメリカさんいまいちばん大変なときなんですから」 「う…、じゃあここは年上のお姉さんに頼っておくかな…」 「はい、そうしてください」 そう言って財布を取り出し、レジに向かうの背中を見つめながら、アメリカは「変わってないな」と呟いた。ほんとうに、良く気が利く。 紳士なところは、イギリスから受け継がれているらしい。アメリカ自身は独立したあのときにすべてを捨ててきたつもりだから、ほんの少しがうらやましい。は、自身と同じようにイギリスから独立したと聞いたはずだったが、どうやら良い部分だけ持っていかれたらしい。アメリカは、ふっと小さく笑みをこぼした。 「…してやられたな」 「…はい?何か言いました?」 「いや、もなかなかやるようになったなってな」 「??」 「さて、そろそろ仕事に戻るか。見送りに行けなくて、すまない」 「え?いえ、平気です。護衛の方がいらっしゃいますし…わざわざすみません」 「ん?これくらい当然だろう。じゃあ、またの機会に」 アメリカはそう言ってに右手を差し出した。握手の合図だと思ったは、ふんわりと笑みを浮かべて「…はい。また、ぜひ」と言って握手をした。 空港へ向かう送りの車を待つ途中、は荷物を軽く持ち上げて「良く晴れていますね…空だけは、つながっていてくれて良かったですね」と言って空を仰いだ。 空がつながっているだけで、いろいろな国と国がつながっていられるような、そんな気がした。自分自身も、この空のようにずっとずっと、つながっていたいと強く願った瞬間だった。 立ち尽くす独りに幸いを |