俺には、少し気になる奴がいる。おなじクラスで、隣の席のだ。気になる、と言っても恋愛感情云々ではなくて、そう。 ほんとうにただ「気になる」っていうだけの話なのだけれど。は、はっきり言って美人だ。美人と言うより ―― 年相応に言うならば、きれいだ。 それでいて落ち着いていて、運動が出来ない変わりにものすごく頭が良い。だから男女問わず勉強を教えてくれって頼られることが多い。現に、俺自身その中のうちのひとりだ。

「…おい」
「なに?イギリス」
「お前、そろそろ当たるんじゃね−の」
「え…、ああ、そうかもね。ありがとう、イギリス」
「お、おお」

会話終了。会話の内容も、いたってシンプルで、的を射たことしか話さない。そう、話すことといえば必要最低限のことのみだ。 もっと、いろいろ話してみたいと思うのだけれど(もちろんクラスメイトとして)、なかなか盛り上がれるような話題を思い浮かばない。は、不思議だ。年相応にはしゃいだり、女友達ときゃあきゃあ騒いだりしない。傍から見たら、日本よりもミステリアスに思うひともいるかもしれない。 それがまたの魅力のひとつなのかもしれないけれど、もっと ―― そう、年相応に感情を表に出しても良いと思うのに。何が、のそれを邪魔するんだろう。

ってさ」
「ん?」
「あんまり回りの奴らと騒いだりしないよな」
「そう?悪い?」
「…、別に悪くね−けど、それじゃ楽しくないだろ?」

休み時間、いつものように勉強を教えてもらっている最中に、俺は思っていたことを正直にに話した。そうしたら、の反応は案外薄かった。 もう少し、驚いた反応をされると思っていたのに、拍子抜けだ。俺はペンを走らせながら、時折の表情を盗み見た。先ほどと、少しも変わっていない。は「そこ、間違ってる」とだけ言って、頬杖をついた。――とくん。何故だかいま、心臓がそんなふうに音を立てて脈打った気がした。なんでだろ?

「なんていうのかしら…そう、苦手なのよ」
「…苦手?」
「ええ。ひとと関わるのが、ね…。あとひとりでいるほうが気楽だもの」
「ふうん…?良く分かんね−な」

前者は良く分からなかったが、後者は何となく分かる気がした。自分もいろいろな人間と関わることがたびたびあるが、ふとした瞬間「ひとりになりたい」と思ってしまうことがある。 周囲の人間のことを考えると少しばかり良心が痛んだけれども、事実なのだから否定のしようがない。ひょっとしたら、ひとりでいるほうが気楽というのは、と自分とではぜんぜん違う意味を持っているのかもしれないが、ひょんなことで見つけられた彼女との「共通点」がとても嬉しく感じた。

「どう?終わりそう?」
「ん?ああ、のおかげでな。そうだ、お礼にジュ−スおごってやるよ、何が良い?」
「…行く」
「なんで?」
「違うもの買って来られちゃ、困るし。あなたもお金の無駄遣い、したくないでしょ」

言って、俺とおなじように席を立つ。一瞬ふわりと香ったの優しい匂いに戸惑いを感じながらも、俺は「お…、おう」と言って彼女のあとをついて歩いた。 もしかしたら、買いに行くといった自分にいろいろ気遣ってくれたのだろうか。そこのところは良く分からなかったけれど、といっしょだということがどうしてか嬉しかった。 売店近くの自動販売機ではアップルティを、俺はいつものようにストレ−トティを買って、ふたりそろってベンチに座った。

「ふう、おいしい」
も紅茶、すきだったんだな」
「ええ。でも、すきになったのはほんとうに最近なのよ」
「けど、良かったよ。ほかの奴ら、紅茶苦手っていうのが多いみたいだし」
「あら、意外ね。フランスとかすきそうなのに」
「あいつは根っからワインしか飲まね−よ、たぶんな」
「へぇ?でも未成年なのに飲酒はよくないわよ」
って意外に手厳しいな、フランスにもその台詞聞かせてやりたかったよ」
「ふふ。世間的には一般常識のはずだけれど…、無理もないわね、フランスだもの」

―― が、笑った。ただそれだけなのに、高鳴る胸はどうしようもなくて、俺は紅茶を一気に飲み干した。一気飲みしすぎたのか、らしくもなく咳き込んでいると、の「大丈夫?」という声とともに彼女の心配そうな視線が覗き込むようにして俺を見ている。「一気に飲むから…、はい」はため息混じりにそう言って、ハンカチを差し出してくれた。 俺は自身を情けなく思いながら、が差し出してくれたそれを受け取ってこぼれた紅茶をふいた。

「…って優しいんだな」
「そうかしら?ほかのひとよりちょっと気が利くだけかもしれないじゃない」
「そうかもしれないけど…、うん。やっぱは優しいよ」
「おもしろいこと言うのね、イギリスって。…、予鈴が鳴ったみたいね、行きましょう」

に言われて、腕時計を見つめる。もうすぐ、四時間目が始まる。まえを歩くを見つめながら、きょうは少しだけ彼女のことを知った気がする、と思った。 あんなにも優しいが周囲の人間と馴れ合うのを嫌うのは、きっと何か理由があるんだろう。話してくれたら嬉しいけれど ―― が話してくれるのを待とう。 俺はそう思うことにして、教室のドアを開けた。と出会った教室には、昼時の日差しが眩しく照りつけていた。



刹那も振り向かぬめ事ならば