もういまからずっとまえの話になる。ユニコーンや妖精の話をしたら、諸外国(特にアメリカとかアメリカとか)(…)の連中はたいがい変な目をする。 だけれど、初めて会議のあとと話したとき、彼女はおもしろいくらいに目を輝かせて「わたしも会ってみたいです、ユニコ−ンさんに」と言ったのを、 いまでも鮮明に思い出せる。イギリスは軽蔑されるのを覚悟していたが、あんなことを言われるとは思ってもみなかったので、柄にもなく拍子抜けしてしまった。 そんなことを話題にしてみたらはふんわりと、春の日差しのように微笑んで「そんなこともありましたね」と言って紅茶をすすった。

「いまでも、出来ることならお会いしたいと思いますよ」
「なんつ−か…物好きなんだな」
「そうでしょうか?わたし、一度イギリスさんの文献読ませていただいたんですが、
 とっても可愛らしかったですよ。妖精さんも!あ…でも、幽霊はちょっと遠慮したいですね。可愛い方なら良いかもしれませんが」
「…ああ、なるほど」

苦笑いを浮かべるを見つめ、イギリスはひとつの結論にたどり着いた。はただ、可愛いものがすきなだけなのだと。まあ、女の子なら誰にでもあり得る発想だ。 …一部の人間(ハンガリ−とか)に限っては少々違うようだが。イギリスは手元にあった紅茶をすすり、書類に目を通しているを見やる。 そういえば、は移動中も、休憩中も書類とにらめっこをしていることが多い。こんなふうに談笑する時間も少ないように思う。

、これから戻るのか?」
「どうしましょう…実はあした、ドイツさんとお話をする約束なんですよね」
「ふむ。だったらうちで休んで行ったらどうだ」
「え、悪いですそんな!イギリスさんの厄介にはならないと決めてるんですから!」
「ほほう、それはどういう意味なんだ、?」
「え、え−と!お世話になりたくないわけじゃないんですよ!ただ世間一般の考えで迷惑はかけられないと言いたいだけでして!」

わたわたと慌てるを観るのは、ほんとうに久しぶりだ。はどんなに忙しくても常に落ち着いて物事に対応しているし、混乱することもない。肝の据わったお姫様だ。 それが、イギリスの初期の印象だった。けれどもこんな、少女らしい一面もあるのだと思うと、なんだか嬉しくなって笑みがこぼれた。イギリスは「遠慮するな。 迷惑ならとっくの昔にかかってるし、おまえもいちいち戻るよりここから行ったほうが便利だろう」と笑いながらそう言った。は「イギリスさん…」と感激したふうに呟いて、 満面の笑みを浮かべた。「すみません。では、お言葉に甘えさせてもらいますね」はそう言って、ようやく書類を閉じた。

「お、おう」
「イギリスさんて、ほんとうにお優しい方なんですね」
「…おかしなことを言い出すな、は」
「そうですか?わたしはただ、思ったままを言っただけなんですけど…迷惑でしたか?」
「いや、そんなことはないが…ただ少し珍しかっただけだ」
「珍しい…?」
「こんな俺のことを優しいだなんて言うのは、世界中探してもだけだろうな」
「そんなことないですよ。きっとアメリカさんも…」

最後の部分をあえて小声で言い、紅茶をすする。イギリスは案の定「何か言ったか?」と聞きかえしてきたので、はふんわりと微笑んで首を振った。は「いいえ。やっぱり、イギリスさんはお優しいです。だから…妖精さんやユニコ−ンさんが見えるんだと思います」と言った。そして最後に、 うらやましいです、と付け加え最後の一口を飲み干した。イギリスもそれに倣ってティ−カップを手に取った。

「今度、何かお礼をさせてくださいね」
「お礼?」
「はい。きょうのお礼です。何か困ったことがありましたら、お手伝いしますので。もちろん戦争以外で、ですけれどね」
「はは…なんていうか、らしいなあ。分かった、そうさせてもらうよ」
「はい、ありがとうございます」
「あしたも早いんだろ?早めに休んだらどうだ?」
「そうですね。じゃあ、お先に休ませてもらいますね」
「ああ。部屋はメイドに聞くと良い。のことはもう話したからな」
「重ね重ねすみません…それから、ありがとうございます」
「…あ。なあ、
「…はい?」

は一度こちらを振り返り、不思議そうに首をかしげる。自分はいま、何を言うつもりでを引き止めたのだろう?その先を考えてはいけない気がして、 イギリスは首を振った。「 ―― いや、なんでもない。呼び止めてすまなかったな」そう言って、片手をひらひらと振った。自分はいま、何を言おうとした? まさか「もう一度やり直さないか」とでも言うつもりだったのだろうか。もちろん、国交を考えてのことだが、そうだとしてもがイエス、と言うわけがなかった。 あのときの悲劇を、もう二と度繰り返してはいけないということくらい、自分だって分かっている。もう一度あのときを繰り返せば、の命だって危うくなる。

「遠くから…見守るしかないのか…」

呟いて、ひどく落胆した気分になった。が戦争を拒むというのなら、残された手段はひとつだけだ。見守ることしかない。それしか出来ないのだと思うと、 自分が無力な人間に思えて、気分が落ち込んだ。ならきっと「大丈夫です」と言うに決まっているが、兄貴分として心配にならないわけがない。 「兄貴分として…か」イギリスはぽつんと呟いて、空を仰いだ。自分は、をどうしたいのだろう。と、どうしたいのだろう。考えても、考えてもおんなじ結論しか出なくて、 イギリスはこんなことを考えていても仕方ない、と席を立った。気持ちは晴れないまま ―― けれど、空は恨めしく思うくらいに青く澄んでいた。

空白の椅子、空は蒼く