様!日本からの第一報です!8月6日、次いで8月9日、日本のふたつの都市に原子爆弾投下。
 発信源はアメリカの模様。なお、ふたつの都市に生存者がいる可能性は…絶望的と、見られています…」

防衛大臣は数枚に束ねられた書類を目に見えない速さでめくり、ひと息にそう言ってしまった。アメリカと日本が極度の緊迫状態にあることは前々からイギリスやドイツに聞いて知っていた。 しかし、これほどまでとは…。はふう、とため息をついて両手を組むようにして目を伏せた。その行為はまるで、日本の無事を案じるかのようだった。 しばらく黙り込んでいた防衛大臣だったが、やがて重たい口を開き「…どうされますか、姫様」とだけ言った。は顔を上げて、呟くように言った。

「それで、日本の現状は」
「原爆が投下されたため、現在はいまだ溶鉱炉のような状態にあります。外からの進入は、無謀かと…」
「人体的被害が大きいと…言いたいのですね」
「はい。少なくとも、大事をとって一週間は出入りを避けるべきかと存じ上げます」
「…分かりました。日本から情報が入り次第、随時こちらへ届けてください。
 状態が落ち着き次第、日本へ向かいます。それまでに、準備を。それから…大臣」

の、先ほどまでの表情とは打って変わったような声色に驚きつつも、防衛大臣は「は、」と一礼をして彼女を見据えた。 「…アメリカに手紙をお届け願えますか」もまた、大臣を真っ直ぐにとらえ、そう言った。防衛大臣は「かしこまりました」とだけ言い、一礼して部屋を出て行った。 「日本さん…どうか、ご無事で」大臣の背中を見送りながら、祈るように、そう呟いた。この国の空は、あんなにも晴れ渡っているのに ―― 心は、雨雲のように淀んでいた。 ひとりだけあせっていても、どうしようもない。いまは、これからのために ―― 日本の支援のために、準備を尽くすときだ。アメリカが動けば、世界も動く。

「アメリカさん…あなたはどうしてそこまで…」

窓辺に立ち、緩やかに舞踊る小鳥たちを見つめながら、はきょう何度目になるか分からないため息を吐いた。 それから数日間は、準備や手紙のやりとりに時間を追われた。アメリカと、ヨ−ロッパ諸国と…唯一、渦中にある日本とだけは連絡がとれなかったが(いまは事後処理に追われているらしい) 防衛大臣の知らせでは、いま日本はアメリカの監視下にあるのだそうだ。アメリカの司令官のもと、手続きなどを進めているらしい。条約を結ぶという話も聞いたが、 その詳しい内容までは知りえなかった。これらの件については、アメリカとの手紙のやりとりの中でも触れたのだが、それらしい返事はなかった。

「姫様。あちらのほうもだいぶ落ち着いて来たようです。
 外界の環境も初期よりはだいぶんましになってきたようですが…」
「そうですか…準備のほうは?」
「まもなく整います。姫様があちらに着くころには、万全かと」
「大臣…ありがとうございます」
「本来ならばわたしも同行させていただくべきところですが…それでは自国の守りが手薄になってしまうでしょう」
「…そうですね。いまこそ、気を緩めてはならないときですし…くれぐれも、頼みます」
「承知しております。道中、お気をつけて」

防衛大臣がこくりと頷くのを確かめ、もゆっくりと頷いた。そうして ―― 数日後、はようやく日本に旅立つことが許された。 爆弾を投下された、ふたつの都市だけではない。かなりの広範囲で空襲を受けたとも聞いた。被害は、甚大なものに違いない。 それを覚悟しておいたはずだったのに ―― を待ち受けていたのは、想像を絶する光景だった。空気は濁りきっており、まえも見えにくいほどで、 たとえるならば ―― そう、焼け野原のようだった。野焼きをしたあとのような。何かが焼け焦げたあとのような、異臭がする。

「こ、これは…」
「姫様…正直わたしもこれほどまでとは…」
「想像以上ですね…日本さんは…?」
、さん…?」
「え…?そのお声は、日本…さん?」

何処か懐かしい声が聞こえて、は静かに振り返った。そこには、観ているだけでも痛々しい体をした、日本の姿があった。 まだ傷口がふさがらないのだろう、あちこちに血がにじんでいるのが目に見えて分かる。手足には包帯が何重にも巻かれていて、歩くのも何処か窮屈そうだった。

「日本さん、お久しぶりです…!すみません、ほんとうはもっと早くにこうしたかったのですが」
「いいえ、こうしてお会い出来ただけでも…ッ」
「無理してはいけません。いまは療養が第一のはずでしょう?なのにどうして…」
「一通りの処理を終えたので…特別に、との面会が許されたわけなんです」
「それじゃあ…ほとんど休めていないのでは…」
「国民のことを考えると、ぐだぐだしていられないのも事実です。だから、これくらいなんともありません」

国民の苦痛に比べれば、と付け加え、弱弱しく微笑む日本を見ていると、何故だか目じりが熱くなるのを感じた。どうして、日本なんだろう。 どうして、日本でなければならなかったんだろう。今度は、アメリカに ―― 世界に、そう問いかけてみよう。それでも、何も変わりはしないだろうけれど。 聞かずには、いられなかった。そうでなければ、この理不尽さをどうにかするなんていうことは、到底出来ることではないだろうから。

「医薬品やある程度の食料はこちらで用意させていただきましたが…構いませんか?」
「…ありがとうございます、助かります」
「…っ」
…?どうしたんですか突然?」

次にかけるはずだった言葉は、涙によって押し殺されてしまった。次から次へと、止め処なくあふれてくる。苦しくて、仕方ない。 自分が、日本に変わることが出来たら良いのに ―― 繰り返し、繰り返し。何度も何度も、そう胸の中で反復した。それが出来ないから、余計に苦しい。 戸惑う日本に気づきつつも、自分ではもうどうすることも出来ない涙に、苛立ちすら覚えた。余計に、日本を困らせてしまうだけなのに。そう思うたびに、またひとつ。

「え、あの…?ないてるんですか?」
「ごめ…ごめん、なさ…日本…さん。わたし…わたしが、代わってあげれば良かったっ…」
「どうしてが泣くんですか」
「だってっ…わたし…わたし、が」
は何も悪くないんですよ。…なんにも」
「わたし、も共犯、です…。アメリカさんが攻撃しているのを、黙って見ていた、んですから…」

はひっくひっく、とのどを鳴らしながら、そう言った。いまにも消えそうな声だったが、姿勢をかがめていた日本には、はっきりと聞こえた。 そんな、そんなことはないのに。それを言うなら、ほかの、どの国にも言えることだ。それを攻め立ててもどうにもならないし、良くないに決まっている。 ただ、それよりも。そんなことよりも、いまが日本のために泣いてくれている、そのことが彼にとってはとても嬉しかったのだ(不謹慎かもしれませんけどね)

、もうわたしのために泣くのは止めてください。こっちまで悲しくなります」
「で、すけれど、」
「あなたがそう思ってくれるだけで、十分です。わたしは、ひとりじゃないんだと思えますから」
「日本さん…」
「だから、あなたは笑ってください。女性には、笑顔がいちばんですよ」

日本はそう言って、静かに微笑んだ。その笑みは、古い昔の日本を思い起こさせるようで、は余計に切なく ―― やるせなくなった。 こんな気持ちを慟哭と言うのかなんというのかは分からないけれど、激しく渦巻く感情の中、生まれた思いはひとつきりだった。 もうぜったい、だれかが傷つくようなことがあってはならない。何があっても、ぜったいに。は涙をぬぐい、まだ少し震える声で「はい」と返事をした。そうして、ゆっくりと微笑んで日本を見据えた。日本は、穏やかに笑っていた。

たたかいのうた