さくら 「わたし、桜を観るたびに思うんです」 つい先刻までじい、っと桜の花びらが舞うのを見上げていたが、不意に呟くようにそう言った。 日本は「何をです?」とのほうを振り返りながらそう言った。はふんわりと微笑んで「心の奥が柔らかくなるような。なんだか…優しくなれるような、そんな気がするんです」と言った。 そう言ったの表情はとても穏やかで、この時間がとまっているかのような感覚に陥るのだ。日本は不意に我に返り、首を振った。 「そうですか。どうしてまた?」 「ん−、理由はありません。わたしの、率直な感想です」 「…そうですか。それは嬉しいですね」 「それに、」 「それに?」 「不思議ですね…毎年見させていただいているのに、飽きないんですよ」 そう、笑顔で言うを見つめ、日本は「それは、わたしたちも感じますよ。毎年見てるのに良く飽きないなあって」と言い、はにかむように微笑んだ。はそんな日本を観て、何故だか心の中が穏やかになっていくのを感じた。それは、この舞散る桜の所為ばかりではないだろう。 ほかの要因があることに、何となくだけれど気づいた。だからわたしは、もう一度だけゆるく微笑んで、日本に言った。 「手を、つないでも良いですか?」 「…?」 「あ…すみません、突然このようなこと…忘れてください」 言って、差し出しかけた手のひらを引っ込める。けれども日本は何を言うでもなく、手首をつかんで「…別に、構いませんよ」そう言ってくれた。は一度引っ込めた手のひらをポケットから取り出し、日本と手を握る。つながれた手のひらは、瞬間的に温かくなっていった。 「…暖かいですね」 「…春ですからね」 「穏やかですね…とても。この時間がずっと続けば良いのに…」 「…そうですね。この平穏が…続くと良いですね」 日本はそう、反復するように ―― だけど、の願いがかなわないことを知っているかのように、ひっそりと呟いた。 だけど、それでも。このときが続きますようにと、願わずにはいられなかったのです。 エーデルワイス 「わ−スイスさん見てください!エ−デルワイスですよ!」そうはしゃぐように言い、屈託のない笑みを見せるを見つめながら、スイスは「そうだな」と表情を緩めた。 「とっても可愛いですね〜わたし、このお花の歌もすきなんです」 「、この花の歌を知っているのか?」 「はい!このお花も歌もだいすきで、一生懸命覚えたことがあるんですよ」 意外だった。がこの花をすきということを知ったのもそうだし、それが理由でこの花の歌も覚えたとは。スイスが目を丸くしていると、くすくすと笑っているが見えた。 その愛らしい笑い方は、エ−デルワイスの見た目のそれと似ていて、スイスは見入っている自分がいることに気づき、ふるふると首を振った。 するとは笑みを崩さずにふんわりと微笑んで、国花の歌「エ−デルワイス」を歌い始めた。の透き通った歌声が、周囲に響いて空気を震わせる。 「は…楽器だけじゃなく歌もうまいんだな」 「わたしにはそれだけなんです。特別に強いわけでも、領土が広いわけでも…スイスさんみたいに真面目でもないんです」 「…それはほめ言葉として受け取って良いのか、非常に困るところなんだが」 頭上に疑問符を浮かべるスイスを見つめ、はくすくすと笑いながら「ほめ言葉として受け取ってくださって良いんですよ」と言った。 それでもスイスはまだ何処か納得出来ない、というような不服そうな表情を浮かべて、う−ん、と唸っていた。次の言葉を探しているのか、なかなか言葉を発しない。 「スイスさん?」 「我輩は十分だと思うが」 「…なにがです?」 「楽器や歌がうまいだけでも…それがの長所なんだからな。 それに、自分に出来ることをきちんと出来ている。自信を持て、」 「スイスさん…ありがとうございます」 ふんわりと微笑んで、また歌い始めるを見つめ、スイスは先ほどの自分の言葉を確かめるように何度も頷いた。は、自分に出来ることをきちんとしている。 スイスのように自国のためにしか動かないこともなければ、世界に無関心ということもない。世界が困っていることは自分のこととおんなじように捕らえ、援助もしている。 そんなを、誇らしく思う反面うらやましくも思う。自分にはきっと、のようには出来ない。だからこそ、彼女が困ったそのときは、手を貸すことが出来たら良いと思うのだ。 チューリップ 日本さんに「今度ハンガリ−さんのお宅に遊びに行くんです」と言ったら、案の定いつものおっとりとした笑顔で「そうですか、気をつけて行って来てくださいね」と言われた。は少しだけ頬を膨らませて大丈夫ですよ、と釘を打つと日本は「そうだ、ハンガリ−でしたら、あの歌を覚えておくと良いかもしれませんね」と、何か思い立ったようにそう言って、いきなり歌い始めた。 日本の歌う歌は酷く音痴だったけれど、不思議と気持ちが明るくなるような歌で、はハンガリ−に出会うまでこの歌をずっと口ずさんでいた。 「〜♪あ、ハンガリ−さん!」 「さん、お久しぶりですね。お元気ですか?」 「はい。ハンガリ−さんもお変わりなさそうで…安心しました」 「それは、わたしもおんなじです。そういえば、先ほど何かを歌っていたようですけれど…?」 「あ、あれはですね…ここへ来るまえに、日本さんに教わったチュ−リップの歌です」 「まあ、そうだったんですか…日本にも咲くんですものね、チュ−リップ」 「ええ。それはそうと、個人的に会うときは敬語はいらないと言ったはずですが…?」 「あ、ごめんなさい…さんが敬語だったから、つられてしまって」 「大丈夫ですよ。わたしのは癖のようなものですから、気にしないでください」 がそういうとハンガリ−は少しだけ困ったように、だけれど笑顔を浮かべて「ありがとうございます…」と言って、彼女の手をとった。 きょうは、ハンガリ−の庭に咲いたと言う、自慢のチュ−リップを見せてもらうために彼女の家を訪れたのだ。 数日前ハンガリ−から「わたしのお庭にチュ−リップの花がたくさん咲いたんです。良かったらぜひ見に来ませんか?」という手紙が届いた。 世界的に観てみても、季節は春。外に出かけたくなるようなこの陽気な季節に、が「ノ−」という返事をするわけもなく、こうしてここに来ているというわけだ。 「さん、ほんとうにお花がすきなんですね」 「はい。だからこんなふうに誘ってもらえるのがすごく嬉しくて…ありがとうございます」 「そんなに喜んでもらえるなんて…お手入れの甲斐があります。ぜひまた、観にいらしてくださいね」 「もちろんです。ハンガリ−さんも、よければ本国の花の祭典にいらしてください」 「良いんですか?ありがとうございます」 「以前は緊迫状態にあったのでなかなか誘う機会もありませんでしたので…」 「そうね…各国のみなさんが、仲良くなれれば良いのだけれど…」 「祈るしか…ないんですね…せめて、だれも傷つくことのないように…」 「さん…大丈夫。いつかきっと…分かり合えるときがくるわ」 ハンガリ−は願いを込めるようにそう言い、の手のひらをぎゅっと握り締めた。このふたりの願いが届く日は、まだまだ遠い先のことになりそうだと予見出来る者は、多くいただろう。 けれども ―― 争うばかりが世界ではないと、心の中に硬く、硬く、結びつけておきたかったのです。 デイジー 山積みの書類を見上げて、ははぁ−と、長く盛大なため息を吐いた。不意に、書類の中にイタリアからの手紙が混ざっていることに気づいた。 それはまだイタリアが戦渦にあったころのもので、彼との面会もしばらくは無理だろうと思っていた矢先に手渡されたものだった。 「戦争がなくなったらまたいっしょに花の絵を描こうね」とかかれていた。自分たちも大変だっただろうに、と思うとなんだかやりきれない気持ちになった。 「そういえば…そろそろイタリアさんの建国記念日でしたね…」 呟いて、カレンダ−を見つめる。もう三月だ、彼のことだから変わりなくすごしていることだろう(…ドイツに迷惑ばかりかけているに違いない) 想像しただけで、ぷっ、と笑みがこぼれる。不意に別のデスクで仕事をしていたらしい執事は「どうなさいました?姫様」と聞いてきた。は静かに首を振って「すみません、思い出し笑いです」と言った。それからは何か思い立ったように「そうだ、ひとつお願いがあるんです」と執事に言った。 「今度、イタリアさんの建国記念日でしょう?だから、菊の花を贈ってもらいたいんです」 「菊の花、でありますか…」 「はい!デイジ−は、イタリアの国花ですから…」 「はぁ…ですが、誤解されませんかねぇ…?」 「誤解、といいますのは?」 そういうと執事は先ほどまでの笑顔を引っ込めて、何処か困ったように唸った。そうして、一冊の本を差し出した。その本は、が普段愛読している「花言葉」の本だった。 菊の花言葉を調べろ、ということなんだろう。意味は ―― わたしは、あなたを愛しています。 悲しみが息をするまえに |