「これが日本の桜ですか…!風の噂にお聞きしたとおり、とっても綺麗ですね!」 ほう、というため息とともにしだれ桜を見上げる異国の皇女 ―― を見つめ、日本は「お褒めに預かり恐縮です」と会釈をした。 するとは、突然振り返って頬を膨らませた。何に怒っているのかと思えば「折角の楽しい時間ですもの、堅苦しいあいさつ言葉はなしにしてくださいな!」 とのことらしい。若くして権威についたと本人から聞いたとおり、まだ少し幼さが残っているように感じる。それゆえの、いまの発言なのだろう。 日本は少しだけ困ったように笑みを浮かべて「…すみません、さん」と言った。けれども彼女は怒りの表情を緩めず「で良いと言いましたでしょう?」と、 少しだけ声を荒げて、そういった。まったく、注文の多いお姫様だ。日本はしぶしぶと言った様子で「分かりました、」と皮肉を込めてそう言った。 「わたし、日本の桜って大好きなんです」 「そうなんですか?初耳です。さんの国の方はみんなそうなんですか?」 「すきなひともいますけれど、もちろん嫌いなひともいますよ。けれども、すきなひとのほうが多いですね」 「それは、嬉しい限りですね」 「日本さんも、桜がおすきなんですよね?」 「ええ、わたしはすきですよ。まあ、中には苦手なひともいますが」 「じゃあ、そこはわたしのところとおんなじなんですね」 そう言って、はふんわりと微笑んだ。この桜の色によく映える、茶色の髪の毛がゆらりと風に揺られて、とても絵になっていて綺麗だった。 そんなの様子に見入っていることに気づいた日本は、ふるふると首を振って努めて冷静に「…そうですね」と言った。 そうしたらに「片言ですよ、日本さん」と、極上の笑みつきで言われてしまい、日本は返す言葉をなくしてしまった。ほんとうに、このお姫様には調子を狂わされっぱなしだ。 「座敷に寝転んで見ましょう。首を痛めてしまいますよ」 「ざしき?」 「お庭に…そうですね、そちらの国で言うじゅうたんを敷いて見上げるんです。そのほうが楽でしょう」 「ありがとうございます。そうさせていただきますね」 言って、笑みを浮かべるは、なんていうかほんとうに無邪気で、王位の厳格というもの、それとはとうていかけ離れていて、不思議な感じがした。 アメリカや中国のそれとは違う、何処かイギリスに似通った部分があるところに、彼のそれと重ねていたことに気づいて、なるほど、と苦笑がもれた。 だから、初めて会ったあのときも、ぜんぜん違和感というものを感じなかったのだろう。何処と無く、イギリスと重ねてしまっていたのだろう。 「?何がおかしいんですか?日本さん」 「はは…すみません、イギリスさんと重ねてしまったもので…。 さんって、何処かイギリスさんと似ているなあって、初対面のころから思ってたんです。 違和感なさすぎるのがおかしくって…。どうしてですかね?さん心当たりありませんか?」 「ああ、それは…異国の方にも良く言われるんですが、わたしの国…シルヴィスは、 もともとイギリスにあったんです。つまりはイギリス領だったわけですね。それで、文化とか風習がよく似ているんです」 「へえ…なるほど、道理で…。だけど、いまはぜんぜん違ってしまいましたね」 「そうですね…わたし、何処の国とも戦争なんてしたくなかったんです。だから…」 「中立になることを選んだと?」 日本に言われて、はこくんと頷いた。「大昔…大きな戦争がありました。わたしは、文献でしか読んだことはありませんけどれどもね。 その戦争では…多くの、ほんとうにたくさんの方が命を落とされたとありました。戦争は…酷く、悲しいものだと思いました」はそう、 ひと息に言ってしまってから、座敷に寝転んでもう一度舞散る桜を見上げた。の横顔は、この桜の花びらと似ていて、日本は言葉を詰まらせた。 「は…誰かを失ったことがあるんですか?」 「…少しほどまえに、祖父母をなくしました。王室のことをいろいろ教えてくれた、大好きな祖父母が」 「…そうでしたか。すみません、昔を思い出させるようなことを聞いて」 「大丈夫ですよ。わたしは皇女ですから…もう悲しくなんてないですから」 「…?」 突然、が横顔すらそむけるようにして寝てしまったことに気づき、日本は慌てて起き上がった。泣かせてしまったのだろうか。 日本が「あの、?」と、顔を覗き込もうとすると、が「み、観ないでください!」と片手を振り下ろしてきた。―― プライドの高いひとだ。 日本は少しだけため息を吐いて「…分かりました」と言い、再び寝そべった。それから軽くの肩をぽんぽんとたたいてから「桜、綺麗ですね」と呟いた。 「さん。気分が落ち込んだときは…いつでも、日本に来てください。 出来るなら、いまみたいな春の時期が良いですね…さんさえ良ければまた、桜を見に来てください」 「日本…さん…」 「戦争のない時代が訪れると良いですね…いまの現状では、到底無理かもしれませんが」 「はい…また必ず来ます。この桜を観に…日本さんに、会いに」 はごしごしと涙をぬぐって、日本とおんなじように降り注ぐ桜の花びらを見つめた。日本は少しだけ嬉しそうに口元を緩めて「ありがとうございます、」とだけ言った。 この時間だけが唯一、穏やかにすぎていくような気がした。はこの時間が止まれば良いのにと願ったけれど、その願いがかなわないことを知っていた。 だからいまは何も言わずに、あなたとこうして肩を並べていたいのです。 プリズムのなかで息をひそめる |