愛したひとを失った。刹那を、仲間を殴ってしまった。この手で、ひとを傷つけてしまった。 それ以上に自分も傷ついていたけれど、殴ってしまったあとで後悔した ―― ひどく。あのときはただただ失ったことが悲しくて、悔しくて。 殴る相手が違うって、頭では分かっていても、どうすることも出来なかった。最愛のひとを失ったのは、自分だけじゃないのに ―― 情けない。 彼女を撃てなかったこともそうだけれど、自分はこんなにも弱かったのかと、いまさらになって思う。こんなとき、兄ならどうしただろうって、思ってしまう。 「くそ、」 自室に戻って、吐き出された言葉もまたなんとも情けないもので、ロックオンはまた握り拳をベッドサイドにぶつけた。みんなはもう、まえに進み始めているというのに、 自分はいったいいつまでこんな状態でいるのか。それでも戦士なのかと、何度目になるか分からない自問自答を繰り返す。そんなときだった、いまにも消えてしまいそうな歌声が聞こえたのは。 その歌声はほんとうにかすかで、神経を研ぎ澄ませて集中させないと聞こえないくらい、ちいさな声だった。この歌声には、聞き覚えがあった。 そういえば彼女はまだ、この船の中にいたな・といまごろになって思い出す。歌っているということは、展望台なんだろう。 気晴らしくらいにはなるだろうと思い、ロックオンは久しぶりに彼女に会ってみることにした。最後に会ったのは確か、それほど昔ではなかったはずだ。 そんなことを思いながらプレトマイオスの廊下を歩き、展望台で彼女の姿を見つけた。その背に、たったひとりでいる彼女の背に、声をかける。 「、」 「…ロックオン、ストラトス」 「ライルで良いよ、まさか俺の名前を知らないわけじゃあないだろ」 「ふふ、もちろんですよ、ライル・ディランディさん。 …どうなさったんですか?こんな時間に」 「それはこっちの台詞だ。あんたこそ、こんな時間になにしてる」 「お聞きになったとおり、歌を歌っていたんですよ。 だからここに来てくださったんでしょう?」 「あんたも、ひとが悪いな…。 しばらく隣、良いか」 ロックオンがそういうと、はほんの少し困ったように微笑んで、「怒られないでしょうか、あのひとに…」と言った。そのまま視線を宇宙に戻し、星星の輝きを見つめる。 彼女の言葉に悪意はないと分かっていたけれども、やはり心は痛烈に痛んだ。数時間まえの出来事が、走馬灯のように体中を駆け巡る。するとは少しバツの悪そうにロックオンを振り返って、瞳を眇めた。「ごめんなさい。折角歌を聴きに来てくださったのに…気分を悪くしてしまいましたね」はそう言って、小さく深呼吸をした。そして、歌を紡いだ ―― 紡ぐのは、レクイエム。 「うまいな… 賛美歌 っていうのか?それ」 「ええ、よくご存知でしたね。 実はわたし、 教会で歌われているゴスペルがだいすきで、毎朝ミサを聞いていたことがあったんです。それで」 「自然と歌詞を覚えたと言うわけか。 やるなあ」 「…驚きました、あなたにほめられるなんて」 「俺だって、感動するときもあるし悲しむときだってあるんだよ」 人間だからな。ロックオンは最後に、ほんとうに小さな声でそう付け加え、だけれどきちんと耳に届いていたはただ微笑んで「そうですね」と言った。 そして、おもむろに口を開くと、意を決したかのように「ロックオン、あの…お願いがあるんです」そう言って、ロックオンを見据えた。 それは何かを悲願するような瞳で、ロックオンは一瞬ごく、と息を飲み込んだ。は「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ、ロックオン。あなたは少し、緊張しすぎです」そう言って、そっと微笑んだ。「刹那を、責めないでくだい」紡がれた言葉は、意外なものだった。 「責める・って」 「わたしはもう誰にも、傷ついてほしくありません」 「、…」 「もちろん、あなたもです。ロックオン・ストラトス。 だいすきなひとと戦わなければならない世界なんて…、間違ってます。そんなの、戦争じゃないです」 は、まっすぐにロックオンを見据えてそう言った。「そう…だな…」ロックオンは力が抜けたようにそう言って、ぎゅ・と手を握り締めた。はそんな彼の手を包んで、「そのうえの変革に、意味はあるんでしょうか…」呟くようにそう言った。その言葉は儚く、けれども根強くロックオンの心の中に響いた。 愛する者を失ってまでなされる変革、すなわちそれは自らの幸せを犠牲にしてまでつくりあげられる理想の世界。愛する者のいない、空白の世界。 「ですが、それでもまえに進むというのなら…わたしは止めません」 「、」 「それもまた強さだと…思うからです」はそう言って、ロックオンから手を離した。そうしてそのまま彼の脇をすり抜け、「どうか、ご無事で」聞こえるか聞こえないかくらいの声でそういった。 ロックオンはその背に、小さく「ありがとう」と呟いてから、一度だけ宇宙を振り返った。大丈夫だ、まだ、立っていられる。まえを向いて、歩いていける。 あらゆる意味で、私は無力だった |