「刹那…!」「、来てくれたの…」マリナたちから刹那の一報を受け、すぐさま彼のもとに駆けつけたを出迎えたのは、やはりマリナだった。 久しぶりに見るその表情はとても不安に満ちていて、どうしたら良いのか分からない・と言った様子がすぐに伺えた。言うまでもなく、刹那に対する接し方についてだろう。は「マリナ、刹那は、」と言って彼のもとへ案内してくれるよう、乞うてみる。だけれどマリナはゆるゆると首を振って、とうとう瞳を閉じた。


「まだ、目覚めないわ…。一応の処置はしておいたのだれど」
「…そう なんだ。ありがとう、マリナ」
「ううん、わたしはなんにもしてないわ。カタロンのみんなが手当てをしてくれたの」


そんな説明のあと、マリナのもとに子供たちが寄ってきて「おねえちゃん、だれ?」と首をかしげる。するとマリナはしゃがみこんで「お姉ちゃんはね、わたしの幼馴染なの。とはいっても、最近は会えずじまいだったから…ほんとうに久しぶりなんだけれど」と言った。そしてのほうを向いて、ね?とでも言うように人差し指を立てる。だからはそっと笑みを浮かべて「ええ」とだけ返事をしておいた。そのあと間髪をいれず刹那のいる医務室に入り、数週間ぶりになる再会を果たした。


「刹那。…眉間にしわ、寄ってる」


つぶやいて、そっと刹那の額に触れる。怖い夢でも見ているのだろうか ―― もしもそうなら、目を開けてほしい。少しでも刹那が安心出来るように、は歌を歌った。決して うまい とは言えないけれど、 誰かのために歌われる歌ほどうつくしいものはない っていう言葉を信じてみたいと思うから。はすう、と静かに息を吸い込んで、歌を紡いだ。 目覚めを誘う穏やかな賛美歌 ―― 朝日を待ちわびる、ノクタ−ン。静かな、緩やかな旋律が渓谷を伝うように風に流れていく。「…」マリナはその様子を、そっと見守っていた。不思議と落ち着ける、そんな歌だ。 聞くだけであんなにも強張っていた心が、少しずつ融解されていくのが分かる。そういう効果のある歌なのか、歌い手がだからなのかは分からないが、そんな感情を抱かずにはいられなかった。


「う…、っ。この声、は」
「! 刹那…?刹那・F・セイエイ?」
「やはり… …か」


「あらなあに?ずいぶんなごあいさつね」は涙のにじんだ瞳でそう言って、両手で顔を隠す。もうこのまま目覚めないんじゃないか・とさえ思った。 だけれど同時に、情けなくなった。刹那なら大丈夫、って、きっとまた目を開けてくれるって、信じてあげることが出来なかった。こんなとき自分は、ほんとうに弱いんだなあ・なんて思ってしまう。 だけど ―― だけど。良かった。刹那が無事で、ほんとうに良かった。「…」ふたつの声が同時に名前を呼んで、はふっと顔をあげた。そこには伸ばしかけた刹那の手と、ほんの少し安堵した様子のマリナが立っていた。


「!刹那、まだだめよ、傷はまだ完全には癒えていないもの、」
「だが…、仲間が、待っている…」
「刹那」
「どいて、くれ…。俺は…」


「――失礼します!」刹那の言葉を最後まで言わせず、強引に間に割っていったは、小さく深呼吸をして、小さなその手のひらで刹那の頬をたたいた。 突如、医務室に ぱしん! という乾いた音がこだまして、マリナの息を呑む音が聞こえた。だからマリナが次に何を言うか分かって、は腕でそれを制すると「刹那は、勝手だよ!みんなが心配なのは、刹那だけじゃないのに!勝手だよ!」と言って、医務室を駆け出した。 飛び出して、は「やっちゃった…」と半ば放心状態でその場にしゃがみこんだ。はぁ、と何度目になるか分からないため息を吐いたあと、不意に頭上に影がさした気がして、は思わず顔をあげた。


…その、なんていうか、」
「…ごめんなさい」
「え…」
「何もはたくことなかったのに…ほんとうに、ごめんなさい。刹那」


面と向かっては、言えそうになかったから、うずくまったままそういった。それから間もなく刹那のため息が聞こえて「いや、俺のほうこそすまなかった。、お前がとても心配していたことを知っていたのに…すまない。でも」とひと息に言った。 …分かってる。それでも刹那は、行きたいって言うんでしょう。仲間の待つ場所へ、少しでも早く。ばかなのは、わたしだよね、刹那。子供みたいに泣きじゃくって、嫌だ嫌だなんて。ほんとうに、子供みたい ―― 嫌になる。はすっと立ち上がって「それでも刹那、あなたが行くというのなら…わたしは、あなたの手足になります」と言って、刹那とマリナを交互に見つめた。当然のように、顔を見合わせるふたり。


「む…無理よ。だいたい、…あなた帰りはどうするの?」
「きっとどこにいてもおんなじだと思うから…少しでも、わたし自身の力を出せるところにいたいの」
「…危険だぞ」
「そんなの、いまさらだよ。危険なことなんて、これまでたくさん経験してるし…なによりいまは、みんなのことが心配なの」


だから、と言って交互にふたりを見やる。ふたりは仕方ない、と言った様子で頷きあい、今度は刹那が「ミス・スメラギになにを言われても知らないぞ」と言ったのを最後に、その場は収束した。は「ありがとう!刹那!」といって、笑みを浮かべた。「刹那、怪我の具合は…?」マリナの問いに、刹那は「どうにか大丈夫、みたいだ…ここからはナビがついてる」と言って、けれども弱弱しく笑みを浮かべ、のほうを振り返った。「行くぞ、」刹那はそう言ってまだそれほど痛みのないほうの手を差し出し、を待った。一瞬瞬きをしていたも、また笑みを浮かべて「はい!」と言い、その手を握った。 この指先から伝わる熱を、愛と呼ぶのかもしれないと思った自分は、きっとどうにかしていたに違いない。はそう思いながら、ただただ刹那の背中を見つめた。


愛はその指から生まれる