「ニ−ル、あのね…あなたの弟が来たよ」 どこかひんやりと冷たく感じる部屋にある、いまはもう使われていないたったひとつのベッド。その少女は、ひとり静かにベッドサイドに腰を下ろしていた。 その頼りない両手には、ある人物 ―― ニ−ル・ディランディの写真があった。つい先刻、この写真の人物そっくりの男性が、CBにやって来た。 だからなんとなく、彼女の様子が気になったティエリアは、彼女の様子を扉の外から伺っていた(変に思われそうだが、逢引などではな…い!)。ティエリアが心の中で誰にともなくそう反発すると、 部屋の中から「ティエリア、いるんでしょ?もう…大丈夫だよ」と言う、・の声が聞こえた。どうやら、バレバレだったようだ。 「…すまない、覗き見をするつもりはなかった」 「うん、分かってる。心配になって会いに来てくれたんだよね…ありがと、ティエリア」 「いや、それは…。…かけても良いか」 姿を見せてそう言うと、はニッコリと微笑んで頷いた。ティエリアはほっと胸をなでおろしながら、の向かい側に腰掛けた。 これから使われるこの部屋には、何もものはなく、とても殺風景で、こんな部屋にがひとりでいると、なぜだか無性に不安になってしまう。 それはたぶん、以前に通されたことのある彼女の部屋を目で見て、記憶していたからかもしれないが、それも定かではない。 「すまない、ほんとうはひとりのほうが良かったんだろう」 「ううん、そんなことないよ。ティエリアが来てくれたのは、ほんとうに嬉しかったし」 「は…優しいな」 「そうかな?ありがとう。でも、ティエリアも優しいよ」 つくづく、おかしなことを言う娘だ・とティエリアは思う。淡白に聞こえるその台詞には、けれども確かな証明があるかのような自信に満ちていた。それはもちろん、の瞳を見れば分かることだった。 だからこそティエリアは「…分からない、」と首を振った。すると当然のように首をかしげて自分を見据える・に、ティエリアは「俺なんかに優しいと連呼するのは、くらいだ」と言った。そうしたら・はくすくすと微笑んで「そうかな?でも…うん、そうかも」と言って、手に持っていた写真をサイドに置いた。写真の中の彼は、ひどく穏やかに微笑んでいた。 「でもね−、ティエリア」 「…なんだ、」 「みんな言わないだけで、ほんとうはちゃんと知ってるんだよ。ティエリアは優しいって」 「ほんとうに、お前はおかしなことばかり言う」 「ふふ。そうだね…でも、ほんとうなんだよ」 だから、揺らぐんだと思う。はティエリアに聞こえないようにこっそりと呟いて、ニ−ルの写真を見下ろした。「ね、ニ−ル」と、今度はちゃんと聞こえるように呟いて、ティエリアを振り返る。「まるで、そいつも知っていたような口ぶりだな」ティエリアはそう言って、少しまえのとおんなじように彼の写真を見つめた。するとはさも当然のように「そうだよ、ティエリア」と言って、写真をティエリアに手渡した。…良いのだろうか。おそらくは、自分がいつも大事に持ち歩いているであろう写真のはずなのに、こんな自分が触れてしまっても。の、彼への思いに触れてしまっても。 そんな思いが伝わってしまったのか、ちらりとを盗み見ると、彼女は優しく微笑んで頷いた。の甚大な優しさにかなう者は、たぶん誰もいないだろうと思いながら、ティエリアは写真を受け取った。 「には、読唇術があるみたいだな…」 「ふふ、おもしろいこと言うんだね、ティエリア」 「…そう、か?」 「うんうん。おもしろいよ、ティエリアは。ふふっ」 「なんだか…馬鹿にされているような気がするな…」 「そんなんじゃないって。ふふふ」 一度始まってしまったらとめられないのもまた笑いで、そのことをなんとなくだけれど知っていたティエリアは、あまりにもが笑うので、さすがに対処に困ってしまった。 こういうとき、自分はだめだなあ・と思う。いっしょに笑うことも、ロックオンたちのように話をふることも出来ない。ただただ、じっと彼女を眺めていることしか出来ない。 だから怒ってる・だなんて思われてしまうんだと以前誰かに言われたことがあったような気もするが、いまはなぜだか、そんなことはどうだって良かった。そう。ほんとうにどうだって良かった(だって、が笑っているから)。 「そろそろ、行く」 「ぷぷっ…、あ・うん!ごめんね、長居させちゃって」 「…構わない。俺のほうこそ、すまなかったな」 「も−!あんまり怒るとロックオンに嫌われちゃうよっ」 「…お前じゃなくて、新人のほうに・か」 「そうそう!まあ双子みたいだから、通じるものはあるだろうけど…コミュニケ−ションを大切に!」 「お前にだけは言われたくない」とボソッと呟いて、ひらひらと手を振る素振りを見せ、部屋を出る。だけれど、に会ってみて良かった。なによりは笑っていたし、彼女もまた自分に会えてよかったと嬉しそうにしていた。これでたぶん、ひとりで寂しくしていることもないだろう。 そんなふうに思ったら、少しだけ安堵して、自然と表情が緩んでいった。の笑顔が脳裏に浮かんでは消えて、心の中を暖かくする ―― 嬉しくする。 その理由を突き止めようとは思わなかったけれども ―― にまた会いたい。次に思い浮かんだのは、たったひとつ、それだけだった。 カ ナ リ ヤ の 口 癖 |