兄 ―― ニ−ルに、という名前の思い人がいたことを俺はソレスタル・ビ−イングでガンダムマイスタ−となってからも、忘れられずにいた。 彼女も兄のことを慕っていたかどうか。そこまでは直接本人に会ったことがないから分からないけれども、兄は最後の最後まで、その少女のことを気にかけていた。 だからこそ、いまも忘れられないのかもしれないけれど ―― 格納庫に降り立ったロックオンは、ふとそんなことを考えながら自らのガンダムを仰いだ。


「ニ−、あ…ごめんなさい…、ロックオン、」
「 ―― 誰だ?あんた」
です…、。はじめまして、ロックオン・ストラトス」
「はじめまして。驚いたな、考えていた張本人が現れるなんて」


いまのは、真意だった。まさか本人が現れるとは思ってもみなかったから、素直に驚いた。彼女は、自分が想像していたどの姿形とも、違っていた。 清楚なイメ−ジのある、穏やかな雰囲気を持った少女だ。笑顔も温かく、包み込まれている・と言う感覚に陥る。兄が気に入るのもなんとなくだけれど、分かった気がした。 自分は戦況オペレ−タ−、兼任で機体整備もしているのだ・と彼女 ―― がそんなふうに教えてくれた。だからこの機体が戻ってきたとき、ほんとうに嬉しかった・と笑みを浮かべた。


「…兄と、見間違えるほど…か?」
「!」
「図星か。その様子だと、あんたも兄貴のこと、」
「やめてください!お願いだから、やめて!」


突然、空気がピリピリと震えるほどの振動が、俺の心臓にまで響いてきた。そんな気がしただけかもしれないが、とにかくそれくらい大きな声で、彼女の顔はみるみる真っ赤になった。 いまの発言は確かに軽率だった・といまははっきりと分かる。だからすぐに謝るべきだと脳内が、全神経がそう告げているのに、なかなか言葉にならないのが不思議だった。 だけれど、そんな俺の様子に我に返ったらしいは、ほんのちょっと目を伏せて「驚かせてごめんなさい…だけど彼のことを軽く言わないで」と祈るように告げた。 これだけで、彼女の真意を確かめるには十分だった。ああ ―― もまた、兄のことを慕っていたのだ。けれども、その思いは届かないままだったんだと思うと、俺の胸はちくり・と傷んだ。


「ごめん…ごめんな、。そんなに兄貴のことを思っていたなんて、知らなかったんだ」
「知っています。あなたがきょう、わたしとはじめて会ったことも…ずっと、わたしたちのことを気にかけてくれていたことも」
「…なんで、」
「刹那やみんなに聞いたんです。最後に会った日に…彼にも、聞かされていましたし」
…ほんとうに、すまない」
「大丈夫です。わたしのほうこそごめんなさい…独りよがりですよね、こんなの」


はそういったきり黙りこんで、俺と同じように俺の機体を見上げた。兄のことを、思い出しているんだろうか。それとも、自分の存在に苦悩しているのだろうか。 いずれにしても、自分はいまここに ―― 彼女の隣に、いないほうが良いような気がした。だから「俺、刹那たちのところにいるわ。機体整備、頼むな」と言って、に背を向けた。だけれど、「はい」という返事は聞こえず、代わりに腕をつかまれたような感覚がして、俺は驚いて振り返った。そこには、いまにも泣き出しそうな顔をしたがいた。


「…?」
「あ…ごめんなさい、わたしったら、」
「…構わない。俺もちょっとが心配だったんだ、もうしばらくここにいる。…いや、いさせてくれ、かな」
「ロックオン…?どうしてあなたがそんなことを聞くんですか?もちろんですよ!わたしは、あなたにここにいてもらいたくて、」


すっと、手の力が緩められて、力が抜けきったかのように空を切った。そして今度は「あれ…わたし、何言ってるんだろ、」とのほうが動揺しているようだった。 無理もない、と俺は思った。あのときとおんなじ不安を抱いているというのなら、自分はのそばにいたいと思うし、それはうそでもなんでもない。自分の、ほんとうの気持ちだ。 そしてそれはたぶん、兄も望んでいることのように思えた。だから「大丈夫だ、とにかく座ろう」と言ってひとり先に歩き始めた。「ありがとう」というの言葉を背に聴きながら。


「ロックオンは、やさしいんですね」
「違うだろ?ここにいるみんな優しいし…良いやつばかりだ」
「ありがとう、ロックオン」
「あ−、あのな。俺のほんとうの名前は、」
「分かっています。彼に聞いたことがあったから…だけど、ごめんなさい」


その言葉を聴いて、少し泣きたくなった。そんなに敬遠しなくても良いのに。むしろ、兄とは別の存在として、の近くにいたいのに。 そんなふうに思ったとき、俺ははっとした。もしかしたら、自分はもうすでに、という女性に惹かれているというのだろうか。もしそうなら、俺はどうすれば ―― ?


、思ったんだけどさ」
「…はい?」
「さっき俺と話し始めてから、俺の目…見ないよな」
「! …そう、ですか?」
「絶対そうだ。ほら、ちゃんと見てみろよ。怖がることない」


「怖がって、なんか、」の声が、少しずつ小さくなっていくのが、嫌でも分かった。「…あのな。これじゃあ俺が意地悪してるみたいだろ?」思わず、ため息といっしょにそんな言葉がのどから出てきた。 周りから見てみたら、実際そうなのかもしれないけど ―― いや、いまは周囲に誰もいないから変なふうに思われることはないけど、それをなしにしても個人的にはものすごくショックだ。 少しでも早く、に俺とニ−ルは違う存在なんだ・ってことを認めてもらいたい、だからこそあせってしまう。それは良くないって分かってる。だけど、それでも。


「…ごめん。急ぎすぎた」
「ロックオン…?」
「少しずつで、良いからな。俺は俺だって、正面向いて言ってくれるときまで、待ってみることにする」
「ロックオン…ありがとう。ほんとうにありがとう!」


はそう言って、ぱあ・っと笑顔を咲かせた。いままで沈みがちだった空気がうそのように、明るく華やいでいく。うん、やっぱりには笑顔がいちばんだ。


After you.
あ な た の あ と