その夜、自室にいた刹那・F・セイエイは突如いま自分が眺めていたコンピュ−タに通信が入っていることに気づき、目を眇めた。 通信の相手は、「…?」だった。時折こんなふうに非常識な時間に通信を入れてくる彼女は、やはり子供だと思うのだけれど、反面やはり彼女らしいと嬉しくなるのだから不思議だ。 刹那はかすかに表情が緩むのを感じながら、通信ボックスを開いた。そこには「刹那・F・セイエイ。あすのうちに、プレトマイオスに視察にまいります。」とだけあった。


「視察…」


ぽつんと呟いてから、刹那は盛大にため息を吐いた。の言う視察・とは、このクルーにとって「単なる遊び」程度にしか思われていないと、本人も気づいているはずだ。 それでもまだ「視察」と銘打ってくる ―― 「いい加減、認めたらどうなんだ…」刹那の呟きは、自室の深い闇の中にたやすく吸い込まれていった。 そして、翌日 ―― 朝のミ−ティングで艦長たちに「嬢が視察に来るそうだ」とは報告しておいたが、クル−たちからはやはりため息しか聞くことは出来なかった。 唯一「まぁ、問題が起きないことを祈りましょう」と言う艦長の言葉を最期に、その朝のミ−ティングを終えた。


「…はぁ」
「あんまりため息をつくと、がショックを受けるぞ、刹那」
「ロックオン、」
「まぁ、刹那の気持ちも分からなくはないけど・な」


ミ−ティングルームからひとり出てきたロックオン・ストラトスは、少し困ったふうに笑みを浮かべ、自分の肩をぽんぽんとたたいて、どこかへ行ってしまった。 だが、その直後 ―― 「刹那!刹那・F・セイエイ!」と言うハイト−ンな声が聞こえ、名前を呼ばれたばかりの刹那はゆっくりと声のするほうを振り返った。


「…久しぶりだな、
「ええ、お久しぶり!元気だった?」
「…まぁ、それなりに」
「良かった。きのうはあんな時間に連絡を入れて、ごめんなさい」
「大丈夫だ、慣れている」


そう言って笑った刹那の表情は、心なしか少し疲れているようにも見えた。だけれどは「ありがとう。刹那は、優しいね」と言って、ふわりと微笑んだ。 刹那は少し困ったふうに笑みを浮かべて、またゆっくりと歩き始め、「きょうはどうしたんだ?」と話を切り出した。やっぱり、刹那にはこれから自分のしようとしていることがバレバレのようだ。 だからは「ちょっとね、見てみたいところがあって」と言って、ニッコリと微笑んだ。その笑顔は、少女らしい笑顔そのもので、刹那はなぜか断れなかった。


「宇宙を見たい?」
「正確には、ガンダムから見える宇宙を見てみたいんです」
「だけど…危険だわ、いくら開発者のお嬢さんだからって、」
「わたしが機械操作に精通しているのはみなさんご存知のはずです」
「だけど…あなたに万が一のことがあったら…ねぇ、ティエリア」
「俺には彼女に進言する権利はありません。なにより、彼女が聞き入れてくれるとは思えません」
「ふう…、仕方ないわね。じゃあ刹那、申し訳ないんだけれど彼女といっしょに搭乗してくれる?」


やっぱり。艦長の懇願するような瞳に、刹那は再度ため息を吐きたくなる衝動に駆られた。だけれど、いまそんなことをしたらあとでが黙っているはずがない。 穏便に、問題なく済ませるためにも、無益な争いは避けるべきだ ―― そう考えた刹那は、「分かりました」と言ってしぶしぶ頷いた。がんばれ、刹那。周囲のそんな応援が聞こえる気がして、ますます気落ちする。「良かったね、!良かったね、!」足元で嬉しそうにぴょんぴょん跳ねる、ネイビ−色のハロがそう言った。「はい」は笑顔で頷いて、ハロを抱きかかえた。


「行くぞ、。ちゃんと掴まっていろよ」
「はい」


宇宙服に着替え、刹那とともに彼の機体・00に乗り込む。すぐに、ガンダムのOSが作動し、格納庫から宇宙へと飛び立つ。わずかな振動のあと、たちのめのまえに見えたのは、蒼く美しい星・地球だった。 自分が数時間まえまでその地を踏みしめていた星。生まれ育った豊かな惑星が、ただ静かにその場所に佇んでいる。「きれい…」がそう呟くと、刹那が「満足か?」と言って、レバ−を引いた。


「刹那は…あの星を見てなにも感じないんですか?」
「…なんだ?」
「あんなにも美しい星に、あふれんばかりの生命が躍動している…」
「、だから、」
「だから、ほんとうは…いえ。このような立場にあるわたしがこんなことを言うなんておかしいですね…忘れてください」
。お前のほんとうの気持ちを聞いてみたい…聞かせてくれないか」


刹那はそう言って深呼吸をし、自らのガンダムを制止させてを振り返った。彼女の瞳には、ほんの少しだけれど動揺の色がうかがえた。 だけれど自分は、が自分を、自分たちの言葉・行動を否定しないことを知っている。だからこそ聞いた ―― 聞くことが出来た。そんなふうに思いながらを見ていると、やはり彼女は「分かりました」と言って、少しだけ寂しそうに瞳を眇めた。


「怒らないで、くださいね?」
「怒らない。話すように催促したのは、俺だからな」
「やっぱり、刹那は優しいんですね…。
 ほんとうは、あなた方にも平穏な毎日を送ってもらいたいんです・って続けるつもりでした…ですけれど、」
「それは無理だと分かっていた…だから言うのをやめたんだな、


刹那が確信したふうにそういうと、はついに瞳を伏せて「…そのとおりです、刹那」といった。「はやっぱり、令嬢なんだな」しばらく沈黙していた刹那はそう言って、ステップを踏み込んだ。 背中からかすかにひとの動きを感じて、が顔をあげたんだと気づいた刹那は、ほんの少し表情を緩めた。「ティエリアなら、愚問だ・って言うでしょうね」はそう言って、少し寂しそうに笑みを浮かべた。


「…様子が目に浮かぶ」


刹那はそう言って微笑んだけれども、の表情はまだ晴れない。彼女は、なんのためにこんなことをしているんだろう。なんのために、自分たちに助力しようと決めたんだろう。 聞いてみたい気はしたけれど、なぜだかそれはいけないことのような気がして、聞き出せないまま。刹那とは、再びプレトマイオスの格納庫に降り立った。は刹那に手を引かれて、クル−の面々と顔をあわせた。「きょうは無理を言って、すみません。貴重なお時間をくださって、ありがとうございました」そう言って、微笑んだ。


「いいえ、ご無事でなによりだわ。何か、良いヒントは得られたかしら?」
「艦長…、はい。刹那や、みなさんのおかげです」
「そう、それは良かったわ。帰りは、護衛しなくて平気?」
「大丈夫です、視察船が撃墜されるなんてこと…あり得ませんから」
「そう…じゃあ、気をつけてね」


艦長はそう言って微笑み、クル−たちに持ち場に戻るよう指示をした。それはもちろん刹那も例外ではなく、の手をつかんで「送る」とだけ言った。 シャトルのまえで、はくるりと刹那を振り返り「きょうはありがとう、刹那。お礼に、良いこと教えてあげる!」そう言って、たたた・と刹那に近寄った。 良いこと?わずかに首をかしげて成り行きを見守っていた刹那は、「何か不安なことがあったり、ぐるぐるしちゃったときはね、上を向くの。そうしたらきっと、気持ちも楽になるよ!」と言うの言葉に、目を丸くした。


「分かった、覚えておく。気をつけて帰るんだぞ。出航早々、不幸なニュ−スは聞きたくないからな」
「あはは、大丈夫だよ!心配性なんだなあ、刹那は。でも、ありがとう!また、遊びに来るね」
「…ああ、ほどほどにな」


刹那のその言葉を最期に、を乗せたシャトルは宇宙の闇へと溶けていった。刹那はそれでも、そのちいさな後姿から目をそむけることは、出来なかった。


不可避のグライダ