「ティエリア・ア−デ!」


また来た。刹那たちのところへ向かおうとしていたティエリアは、そんな言葉を吐き出したくなる衝動に駆られた。 自然と出てくるため息を隠そうともせず、ティエリアは「 ―― 」と少女の名前を呼んだ。少女はたいそう嬉しそうな笑みを浮かべ、ティエリアに抱きついた。 当然のごとく、すれ違う者たちは自分たちを見るなり身動きを静止させる。無理もないだろう、あのティエリアが人懐っこくされているのだから。


「きょうはいったいなんの用だ」
「視察だよ、視察!これも仕事の一環なんだ−」
「そうか。それなら話は早い」


そう言ってティエリアはの腕を振り解くと、体の向きを変えてすたすたと歩き始めた。「ちょっ、ティエリア?」しばらく呆然としていたも、慌ててティエリアのあとに続く。 ティエリアはなおも歩みを止めることなく、「仕事なんだろう、それなら自分の持ち場に戻ったらどうだ」そう、冷たく言い放った。その瞬間、ぴし・と空気が凍る。 「ティ、」反論を述べようとしていたを、ティエリアは今度こそ振り返って、「それから、これは警告だ。ファ−ストネ−ムで呼ぶな、お前と親しくなった覚えはない」と言った。


「意地悪…」
「言っておくが、そんなものじゃない。これは事実だ」


ティエリアはそれだけ言うと再度ため息を吐いて、との間にあっという間に距離を置いた。「ティエリア・ア−デ…!」どんなに歩幅を早めても、決して縮まることのない距離が、そこにはあった。 そしてそれが、いまの自分とティエリアとの距離なのだと思い知らされているかのようで、胸がひどく痛んだ。追いつこうと一生懸命歩くのに、その距離は縮まるどころか広がるばかりだ。拒絶されている・それだけが彼からの揺るぎない真実 ―― どうすれば、どうすれば、


「どうした、
「刹那…、刹那・F・セイエイ、」
「なにを…泣きそうな顔をしている…?」


突然背後から声をかけてきた彼 ―― 刹那・F・セイエイは、少しずつ目を見開いてを凝視した。ここで名前を呼んでくれるガンダムマイスターは、(艦長たちをのぞいて)刹那とロックオンだけだ。 そう言えば…、ティエリアは確か彼を探していたはずだが、つまりこれは見事にすれ違ってしまった・と言うことなんだろうか。そう思ったら、なぜだかおかしくなって笑みがこぼれた。 「ころころ…忙しいやつだ」刹那はそう言って、だけれどほっと安堵したようにため息を吐いて、にハンカチを差し出した。


「ありがとう…、刹那」
「ああ。それよりどうしたんだ、いつも騒がしいお前が珍しく落ち込んでいるようだが」
「ティエリア、が」


は言葉を詰まらせながら、そう話を切り出した。ティエリアが冷たいんだ・と、まったく相手にしてくれないんだ・と話した。「みんなと仲良くなりたいのに…」わたしは、部外者だから? そんな疑問があとから浮いて出て、はまた目頭が熱くなるのを感じた。の話を黙々と聞いていた刹那は「…そうか、」と言って、彼女の頭をぽんぽんとたたいた。「、お前が心配することはない。誰もお前を嫌う者などいない ―― いるはずがない」刹那は静かにそう告げて、ゆっくりと微笑んだ。ああ ―― こんなお兄ちゃんがいたら良いのに・なんて思いながら、はこくんと頷いた。


「ありがとう、刹那。ほんとうにありがとう」
「ああ…。しかし、そうか…ティエリアか」
「なに?ティエリアがどうしたの…?」
「最近、良く話をするようになったな・と思っただけだ。ほんとうに最近だがな」


言われて、は「え…」と言葉を発した。昔はもっと無言で、何を考えているか分からなかったんだ・と刹那は話した。「だから…、」言って、不意に黙り込む刹那を見つめ、は「刹那?」と名前を呼んだ。 刹那の視線の先には、眉間にしわを寄せたティエリアがいて「…探したぞ」と声を低くした。怒っているのだろうか・と内心はらはらしながらも、ふたりの顔を交互に見つめる。 「なぜ、お前がそんな顔をする?を悲しませたのはお前だろう、ティエリア・ア−デ」刹那はをかばうようにしながら、ティエリアをまっすぐに見据えてそう言った。


「…来い、
「え、あ…あの?」
「刹那・F・セイエイ。誤解だ・とだけ言っておく」


ぐいぐいとティエリアに腕を引っ張られているを見送りながら、刹那もまた小さくため息を吐いた。ほんとうに素直じゃない ―― ティエリアも、自分も。 多少のことが気がかりだったけれども、もう大丈夫だろう。刹那はそう思い、ふたりのいなくなったほうを一度だけ振り返って、踵を返した。





「刹那に、なにを言われた?」
「え、」
「怯えていたんじゃないのか」


いたって真剣にそう聞き返してくるティエリアを、ぽかんと見つめていたは、やがてふっと笑みを浮かべて首を振った。「違うの。刹那の視線の先に、あなたがいたから驚いただけだよ」はそう言って、くすくすと微笑んだ。 するとティエリアはおもしろくなさそうに、「…そうか」とだけ言って、そっぽを向いてしまった。「それにしても…心外だ」ティエリアはため息を吐いたあとでそう言って、ガラス越しの世界を眺めた。 それはたぶん、彼なりの強がり ―― いや、見栄っ張りなのかな・とは考えたけれども、果たしてそれが真実かどうかは、ティエリア本人にしか分からないところだ。


「なにが、心外なの?」
「…お前を悲しませたのは俺だと言われたことが、だ」
「刹那は間違ってないと思いますけど?」
「なぜそこで令嬢口調になる。まあ、事実なのかもしれないが…その、」


「はい?」は静かに首をかしげて、ティエリアの次の言葉を待った。そうするとティエリアは少しバツの悪そうな顔をしてこちらを振り返り、「…すまなかった」とだけ言った。 「ティエリア…」が感激したふうに瞳を潤ませていると、ティエリアはまたぷいっと顔を背けて、「言いたかったのは、それだけだ。誰も、お前のことを嫌いになどならない…むしろ感謝してるくらいだ」と言った。 それだけで、十分だった。その言葉をティエリアから聞けただけで、もう十分だった。涙が、あふれた。は胸元で両手を押さえて「ありがとう…ありがとう、ティエリア」と言って俯いた。


「…おい?泣くのか、」
「うれし泣き、です…ありがとう、ありがとう…ティエリア、」
「…もう良い」


黙れ、と言う声がすぐ頭上で聞こえて、だけれどはあえて顔を上げずに、いまはただそのぬくもりに身を預けた。ありがとう、ありがとう ―― これでわたしはまた、がんばれる。まだ、がんばれる。



結局僕たちはふたつの個体