※ ヒロインいません! 「 ――― 初恋の人? 」 いまはすっかり見慣れた、アメジストの瞳が怪訝そうに揺れている。そのさまがなんとなくおかしくて、ガーデンテーブルの向かいに腰掛けていた金色の髪の少女、カガリ・ユラ・アスハは、いつものように豪快に笑い飛ばした。「ラクスに水を差されたとか、そういう類の話じゃないから」安心しなとでもいうように、ぐいっとグラスのシャンパンに口をつける。 「ていうかカガリ、ちょっと酔ってる?」「すこ−し。もうこれで終わりにするから。夜は夜で、アスランのところのパーティに呼ばれているから。キラは来ないんだろう?」来ればいいのに、とでも言いたそうに、頬杖をつく目の前の少女に、少しばかり申し訳ない気持ちになる。正しくは、その視線の先にいる幼馴染にも、が付け加えられるのだが、それはおそらく彼女も見抜いていることだろうから、あえて黙認しておく。 「 まあ、キラが新参メンバーと折りが合いそうにないのは、なんとな−く予想してたけどね。私は立場上のものもあるし、その、アスランをひとりにするわけにもいかないし、 」 「 正直に言ったら?ほんとうはふたりきりになれるタイミングを見計らってるんでしょ〜 」 「 うっ、否定は、しない・・・・で、でだ!さっきの話なんだが、 」 「 うまくそらしたよね 」 キラはくつくつとのどの奥で笑いながら、双子の少女の会話に耳を傾ける。初恋の人―――恋人同士なら誰しも一度は気になるもの。誕生日や記念日などの節目に、そういった類の話題を持ちかけられるのは別段世間一般的にみてもおかしいことではないから、必然的に湧いて出た話題なのだろう。 「そうなんだ。女性組はみんなこれが初めてってこと?」「な、なんか直球で聞かれるのも照れくさいな。あ、ああ―――そういう、キラは?キラもアスランも、さぞかし人気だっただろう」「なんだろうね、言葉の端にすごく棘を感じるね。そういうカガリだって有名人だったしかわいいし、ファンレターくらいもらったことあるんじゃない」「否定は、しない、」「ホント、きょうのカガリは気持ち悪いくらい素直だね。アスランのお相手する前の予行練習とか?」「あ−もうキラ!!」勢いよくテーブルをたたくものだから、グラスに残っていたシャンパンがほとんどこぼれてしまった。すかさず、近くにいたお手伝いさんが片付けてくれる。 「 ・・・・すまない、 」 「 いいえ、お元気なのは良いことですわ 」 メイドの彼女はふふ、と楽しそうに、少し困ったように笑みを浮かべて退席した。身のこなしも手慣れたもので、実に優雅だ。キラも感心しながら一部始終を見守っていると、コホン、とカガリのわざとらしい咳払いが耳に入った。 「あ−アスランに聞いたことがあるんだけど」「ふふ。家庭教師さんの話?よく覚えてたね」「しばらく勉強をみてもらっていたひとがすごくきれいで優しいひとだったって」「うん、その話はもうみんな知ってるから」「えぇ!?知らないのはわたしだけなのかよ−」「女の子は特に、そういう話は知ってるものだと思ってた。カガリは違うんだ」くすくすと面白そうに笑っていると、話題を振った張本人は「面白くない」と言いたそうに、頬を膨らませている。 実際、覚えているのは容姿や名前くらいのもので、やりとりなどはほとんど覚えていない。でも一つだけ、確かに覚えていることがある。 「 あれが、ひとをすきになる、ってことなんだろうなぁ、 」 「 ラクスのときとは、違った? 」 「 カガリってホント唐突。どうだろう、状況的には似ていたかも。正直、ラクスもちょっと一目惚れのところもあるし 」 「 キラってホント、包み隠さないよなあ。それがお前のいいところなんだけどさ−なんかこう、時々アスランやラクスが不憫に思えてくるよ 」 「 ? この話はもうおしまいってことでいいのかな? 」 「酔いも冷めたし、終わりにしますよ」とでも言いたそうに、残念そうにため息を吐いて肩をすくめるカガリをみやり、ふっとまた笑みを浮かべる。「あのひと、元気にしてるかな」懐かしさがまた、胸を焦がす。いまはもう記憶の彼方のあのひとも、どうか、戦禍に巻き込まれず、この空の下笑顔でいてくれるよう、祈りをこめて空を仰ぐ。雲一つない青空に、飛行機の機体がキラリと光に反射した。 遠くにあって淡く切ない |