かあさんが死んだ日だった。アルとふたり母の墓前に座り込んで、しゃがみこんでいた。朝から晩まで、ずっと。「にいさん、帰ろうよ」アルの声も、遠くのほうで響いているようにしか聞こえない。「にいさんてば。ばあちゃんたち心配してるよ」ぐいっと腕を引っ張られる。「いやだ」だけども俺はそう言って、アルの腕を振り払った。 ――――― 顔をあげることはなかったけど。だってそうでもしないと、いまにも泣きだしてしまいそうな顔をみられそうだった。そんなみっともない顔を、弟やみんなにみせられるわけなかった。 ( ―――― 泣いて良いよ。だれも笑ったりしないから。 ) 「 え…? 」 「 にいさん?どうしたの? 」 「 声、 」 「 こえ? 」 「 うん。声がする…アル、おまえには聞こえないのか? 」 「 聞こえないよ?にいさんどこか頭でも打ったんじゃない 」 そういうとアルはすこし困ったように笑って、肩をすくめた。だけど、あれは気のせいなんかじゃない。風の音に乗せられて、確かに耳に届いたソプラノの声色。やわらかくて優しい、穏やかな声。あまりにもその声が優しいから、俺はその晩、やっと ――――― ほんとうにやっと、泣くことが出来た。布団に埋もれるようにして、声を殺して泣いた。涙を流すなんて出来ないって、思っていたのに。あのときのことはきっとこれから先も、忘れることはないだろう。「にいさ−ん!早く早く」「そんなに急かすなよアル」「だって来てるって言ったのにいさんじゃないか」「まあそうだけど…それでか」珍しくはしゃいでいる弟を見やり、ふっと表情を和らげる。兄弟が会うことを楽しみにしているのはおなじリゼンブ−ル出身の軍人、・そのひとだ。女性でありながら軍に属し、国家錬金術師の称号も獲得している。確か彼女の称号は ―――― 「風」。はじめて彼女に会ったとき、ぴったりな称号だなあと思ったのをいまでも確かに覚えている。 「 ! 」 「 エド、アル!久しぶりだねぇ 」 「 うん!そういうこそ、中央に来るのは久しぶりなんじゃない? 」 「 まあね、いまは西部が立て込んでるから… エド? 」 「 あ?なんだよ 」 「 髪伸びたね−今度切ってあげようか 」 「 い−よべつに、自分で出来るし。アルもウィンリィもいるし 」 「 まあったく…相変わらず可愛くないんだね− 」 「 可愛くなくてけっこ−… 」 はた、と思考が停止する。そう言えばこの声は、あの日 ―――― はじめて自分が泣いた日に、聞いた声じゃないだろうか。「なあ、」「なあに?」「おまえさ…」「ん?」「…やっぱなんでもね。忘れてくれ」「なによエド。珍しく話しかけてくれたと思ったらっ」「ああそうかい。それはご愁傷様」「ほんっと可愛くない」「にいさん、を困らせちゃだめじゃない」「いいのよアル、気にしないで。これでも久しぶりに話せてうれしいんだから」ニコッと、心底嬉しそうに笑う。まったく大佐も、のこういう性格を見習ってもらいたいものだ。 「 なにか言ったかい?鋼の 」 「 うわっ大佐、いつからそこに 」 「 鋼のがに見とれている間、ずっといたが? 」 「 ば!べ、べつに見とれてなんかね−よあんな女! 」 「 そうかい?それなら良いんだけどね 」 「 …大佐 」 「 どうした?やっぱり鋼のはが… 」 「 だ−からちがうって!大佐がオレの家に来た時…もいたか? 」 「 ああいたよ。もっとも彼女の実家はリゼンブ−ルだから、一日早く帰省していたようだけどね 」 「 ふうん、そっか…そっか 」 「 鋼の? 」 「 なんでもね−んだ、悪いな大佐 」 エドはそう言って寄りかかっていた壁から身体をひきはがし、と話しこんでいるアルのそばに寄ってみた。「アル、用事はすんだんだ。行くぞ」「ええ?折角に会えたのに…」「余計なことに時間をかけてるヒマはねえんだ」「余計なこと−!?」「」「大佐…」「きみも、すぐに西部だろう」「あ…は、はい」「、ごめんね?」申し訳なさそうに詫びをいれたのは、エドでも大佐でもなく、やはり弟アルフォンスだった。「あっじゃあ!駅までいっしょしようっ!良いでしょう?」「拒否権ないじゃん。じゃあな大佐、また報告に来るよ」「ああ。鋼の、たまには連絡くらいよこしなさい。それから女性には優しく」「はいはい。大佐の紳士論は分かったよ。行くぞアル、」名前を呼ばれ、いっしょに行っても良いということを示してくれたエドワ−ドに、満面の笑みで頷く。そんなの笑顔を見てどこか恥ずかしそうに顔を赤く染めていることに気付いたのは、大佐と弟だけだった。 「 あっもうすぐ来るみたい、西部行きの列車…エドたちのは、まだ? 」 「 …うん、もうすこし 」 「 そっか。じゃあ…また、そろそろお別れだね。も−アル!そんな顔しないっまたいつでも会えるんだから 」 「 やっぱり、には分かるんだね… ぼくがいま、どんな顔してるのか 」 「 当り前でしょ!ウエストシティに来たときは寄ってって?なにもお構い出来ないかもしれないけど 」 「 わあ楽しみだなあ。 …でも、そんなに忙しいの?西部 」 「 う〜ん、まあね。ウィンリィちゃんも、観光にどうぞって言っておいて? 」 「 うん!きっと喜ぶよ。ウィンリィもに逢いたがっていたし… にいさん? 」 「 どうした?アル 」 「 ほら、行っちゃうよ?あれ、良いの? 」 「 あれ?? 」 コトンと首をかしげるをよそに、どこか落ち着きのなさそうにポケットの中から包みを取り出すエドワ−ド。「これ…お土産?」「ちょっとまえにほしそうにしてたから…買い物のついでに」「わあありがとうエド!珍しいね」「違うでしょ−にいさん。誕生日が近いからプレゼントだよ!僕の分もあるよ」「そうなの!?どっちにしても嬉しいよ!有名な兄弟からプレゼントなんて!大事にするね」ニコニコと、これまでにないくらいの笑顔をみせるに、返す言葉がみつからないエドワ−ド。プレゼントを喜んでもらえて、アルフォンスも嬉しそうにしているというのに、この浮かばない気持ちはなんなんだろう。 「 それじゃあ…またね?ふたりとも。ちゃんとご飯食べるんだよ 」 「 分かってるよ− …兄さん? 」 「 え…、なに?エド…? 」 不意に軍服の袖を握られて、は驚いて振り返った。軍服をしっかりと握りしめていたのはまぎれもなくエドワ−ドで、だからこそもアルフォンスも眼を見開いて驚いているのだけど、エドワ−ドはやっぱりなにも言ってはくれない。「行くな、って言ってくれたら嬉しいんだけどな…なんてね?」「ばっ…ばっかじゃね−の」「兄さん、顔真っ赤−」「うるさいぞアル!知るかこんなやつっ…」「素直じゃないなあ−そんなやつにはこうだっ」はそういうなり、ふわりとエドとアルに抱きついて、よしよしと頭を撫でてやった。当然のように、エドもアルも驚いた顔をしている。まさか大人の女性から、自主的に抱きしめられるとは夢にも思っていなかったんだろう。しかも、こんなひとの往来の多いところで。 「 えへへ−じゃあねふたりとも!列車に乗り遅れちゃだめだよ− 」 はそういうと逃げるように汽車に乗り込み、車窓から身を乗り出して手を振っている。表情からは、ひとつも悪びれた様子はうかがえない。それもこれも計算のうちだと思うと、言いようのない気持ちになる。「兄さん…顔真っ赤…」「おまえだって」「でも、あの様子だと笑ってるね…」「もうなにも言うな…」まだ、体中が熱い。頬だけじゃなくて、体中が ――――― 血管の、奥のほうまでもが。「馬鹿野郎」遠くのほうで、汽笛の音だけが響いている。エドのそのかすかなつぶやきは、汽笛の音にまぎれてかき消えた。 温度をうつして |