きょうも、平和島静雄と折原臨也の壮絶な小競り合いが続いている。 いや、最早<小競り合い>なんていうレベルの話ではない。だったらどういうレベルの話か? ――――― たとえばいまも平和島静雄が街灯をへし折ったり自動販売機をなぎ倒したり、ガ−ドレ−ルを地面から引き剥がそうとしていたり、という器物損壊だったり暴徒だったり暴走族だったり。そういった類の、警察沙汰で済まされるような生ぬるいレベルの話ではないのは確かだ。言葉で表現しなければならないと言うのであれば ――――― 戦場。そう、ここは<戦場>だ。だが人々がそれを騒ぎ立てたりしないのには理由があった。その光景こそが彼らや自分たちにとっての<日常>であり<当り前>という認識があること、そしてこのふたりに適う筈がないと畏怖にも近い念を抱いているからに他ならなかった。それもまた、彼らにとっての<当り前>なのだ。常にそこに存在している少女、ひとりをのぞいては。 「 ――――― 今夜もあついなあ 」 「 死ねえ!折原臨也ああああ! 」 「 あはははは、やだなあシズちゃん!言われなくても人間いつか死ぬんだよ。そんなに生き急がなくてもさあ! 」 「 手前!ふざけんな!これでも食らいやがれッ 」 ドンガラガッシャン。平和島静雄があたりのモノを手当たり次第に折原臨也に投げつけている。 そんな様子を、きょうも少女は懲りずに眺めている。それも、一線置いた距離などではなく、下手をしたら平和島静雄の振り上げたこぶしが顔面に直撃してしまいそうなほど、至近距離で。は、ただの馬鹿でも、命知らずでもない。ただ、スリルという<刺激>がほしいだけなのだ。それはいまのように間近で生命の危機に瀕することで味わえるものもあれば、リアルな部分で痛覚としての<刺激>を意味することもあるが、の望んでいたものはそんな自虐的なものではなく、前者に値するものだった。だからこうして毎晩毎晩、至近距離でふたりの戦争と言う名の乱闘を眺めている。最初のころは、平和島静雄だけでなく<あの>折原臨也にもあきれられたものだった。 「 あれ、きょうはもうおしまい? 」 「 そんな、残念そうに、言うなっ 」 「 ちょっと、大丈夫?呼吸荒いけど救急車呼んだほうが良い? 」 「 それより霊柩車呼んだほうが良いんじゃねえのかおい 」 「 あのね、残念なご報告ですけど折原臨也は ――――― 」 「 だあああっ良い!言わなくて良い!つうかむしろ言うな!今度は<刺激>なんてモンじゃ済まなくなるぞ 」 「それは困ったわね。だから遠慮しておく」呟くようにそう言って、は煙草に火をつけた。深夜零時の東京、池袋は昼間より幾分か静けさを取り戻したものの、完全な静寂と言うにはすこし無理があるみたいだ、とあたりを見回していると、不意にどこか物欲しそうにこちらを見ている平和島静雄と目が合った。「…なに?煙草、ほしいの?」「…悪い、ちょうどいま切らしちまってて」「ちょうど良いじゃない、このまま禁煙しちゃえば」「…それが目の前で煙草吸っている奴の言う台詞か?」項垂れるでもなく落胆するでもなく、平和島静雄はそう言うとポケットに手を押し込んだまま都会の夜空を仰いだ。 「 ――――― なんも見えねえ 」 「 ココは空気が汚いからね。それに、星を見渡すには狭すぎる。なにより明るすぎる 」 「 この暑苦しいビル群が、空を奪ってんだなァ… 」 「 ふ、心にもない台詞。仕方ないなあ、傷心のシズちゃんに、一本だけサ−ビス。一本だけね 」 「 恩に着る ――――― って、最後の一本じゃねえかおい 」 「 ああ、良いの。またそこのコンビニで買えば良いんだし、あたしあなたたちよりお金あるし 」 「 そいつはどうも 」 の勝ち誇ったような皮肉に、平和島静雄は今度こそげっそりとした様子でそう言って、最後に一本残されたのすっていた煙草とおなじ銘柄の煙草に火をともして、ふう、と一息ついた。「あ−やっぱうまいな。やめらんね」「ほんと、良い歳したオッサンの台詞」「おまえだって、オバサ…ゴホゴホッなんでもね−よ、んなに睨むなって」わしゃわしゃと撫でられた掌が。見つめられている瞳が思いのほか優しくて、は思わず胸の奥にじ−んとしみこんでいく何かを感じずにはいられなかった。そうだ、本来はこんなにも優しい男なのだ、平和島静雄という男性は。それを畏怖だとか異端のような眼差しで彼を捉える連中の気が知れない。 「 しっかしオマエもつくづく物好きだよなァ…こんな危険な<喧嘩>にスリルを求めるなんざ 」 「 しょうがないじゃない、これがあたしなりの答えなの。生き方なの。喧嘩しかしてないあなたたちにとやかく言われる筋合いない 」 「 ――――― まァ、間違っちゃいねえな 」 「 裏社会の事情知ったって、嬉しくも楽しくもなんともない。歪んでいくだけ 」 「 歪んでいる、ねえ…まっそういうおまえもだいぶん歪んでいると思うけどな 」 「 ある意味、そうかもしれないね。マフィアより、スパイより、ずっと偏屈 ――――― っていうか、厄介? 」 「そのとおり」「否定しなさいよ」お互いちいさなちいさな声で呟いて、煙草の煙を吐く。白と灰色に淀んだ二本の煙が、ビル群に吸い込まれるように夜に消えた。不意に平和島静雄の白く細い手が伸びて、肩の襟をめくった。胸から上 ―――― 肩、腕、肘。所々にうかがえる、紫色に変色した傷跡。「アザだらけだな」「誰のせいよ」「おまえだろ?」「まあ、一理…」「そう不貞腐れるなよ、俺がちゃんと責任とってやっから」「気障?」「なんとでも」「まあ良いか、あなたがあなたのままならそれで」ギュッと、その男の言葉に吸い込まれるように、女の身体が包み込まれた。吸いかけの煙草が、ジジッと音を立てて水たまりに落ちた。 真夜中だけのあたたかさ |