”眠らない都会”と言われるが、流石に人気の少なくなった深夜。どこにでもあるようなアパ−トの一室。微かな賑わいと酔っぱらったひとたちの呻くような声、裏社会の人間たちがうごめくなか ――――― ”世間一般”の都会の人間が寝静まる夜更けに、<彼>は突然現れた。関わってはいけない人間として恐れられている人物のひとり。かつてはここ、池袋を拠点にしていた新宿の情報屋 ―――――― 折原臨也そのひとだ。そう言えば彼はつい先刻まで自分の家の近所で例のごとく”平和島静雄”という池袋最強と謳われる人物と乱闘を繰り広げていたはずだが ――――― そんな彼がいま、自分の目の前にいる、という現実に出くわしたら、あなたならどうするだろうか。大体の人間は悲鳴をあげて逃げ出すか、声にならずにただ立ち尽くすか。あるいは多少の勇気がある者なら、勇敢にも立ち向かうか、のいずれかだろう。たいがい自分のように力のない者は声もあげずに立ち尽くしている、あたりが妥当だろう。このような言い方をすれば人間でないなにか ――――― 妖怪や怪物かなにかと思われそうだが。しかしなぜ、<彼ら>とはなんの関係もない自分のところに折原臨也がいるのか。現段階において、問題視するべきところはそこにある。 「 やあ、ちゃん。会いたかったよ 」 「 ――――― はあ、どうも。ご用件は? 」 「 行動のわりに冷静だねえ。お邪魔させてもらっても良いかい? 」 「 だ め で す 」 「 え−、そこをなんとか!シズちゃんとバトったあとで立ってるのもしんどいんだよこう見えて 」 「 ”普通”ならあなたのような人間を易々とあげる筈ないでしょう。というか自業自得です。近所迷惑ですよ 」 「 う−ん、まあ、そうなんだろうけどね。とにかく俺はちゃんの家にお邪魔したいんだけどなあ 」 懇願する折原臨也をまえに、どうしたものかと思案する。なにせ相手は<あの>折原臨也だ。下手な受け答えをすれば最悪の事態に発展しかねない。言葉は、慎重に選ばなくてはならない。―――――― だが、思いのほかの結論は早かった。「分かりました。でもこれで報酬云々はなしですよ折原さん」「ははは、やだなあちゃん!これから人生をともにする人間にそんなもの求める必要なんてないよ。そうだろう?」思ってもみなかった言動に、何度も目を瞬く。…はい?は思わず、そう聞き返しそうになった。だって、普通はそう言いたくなる言動だ。いまの折原臨也の発言は。誰が、誰と?人生を共有するって? ―――――― 冗談じゃない! 「 冗談は顔だけかと思っていましたが、違ったみたいですね。お引き取りくださ・・・んん、ちょっなにを、 」 「 こういうこともあるだろうと思ってね、強行突破って言葉を知ってるだろう? 」 「 だ、だからって・・・犯罪です折原さんっ 」 「 まんざらでもないって顔だね。やっぱり身体は正直ってあながち嘘じゃないみたいだね 」 「 即刻立ち去らないと通報しますよ! 」 「 ああ怖い怖い。でもこれ以上ちゃんに嫌われちゃったら立ち直れないからきょうのところは帰るとするよ 」 ”俺、紳士だから”なんていう気障らしい台詞のあと。ちゅ、というなんともかわいらしいリップ音が頭上から聞こえたかと思うと、風のように姿を消してしまった情報屋を開いた口がふさがらない状態でだんまりと見送る。きっとの怒声を避けるための行動だったんだろうと、いまになってそんなふうに冷静に分析していられるあたり、癪だが、存外まんざらでもないのかもしれない。――――― なんて、そんな身の毛のよだつような事実を脳裏に植え付けることでさえ、の思考を震え上がらせるには十分すぎる現実に、は人知れずおおきなため息を吐いた。「はじめてだったのに・・・バカ」のつぶやきは、都会のノイズの中にあっと言う間にとけ込んだ。 都会に迷い込んだ流れ星 |