「 なあなあ!もうすぐ羽沙希の誕生日じゃん?なんかやんないの? 」 「 ――― 柏原班長… 口より手を動かしたらどうですか 」 「 うわあっみんないまの聞いた!? 知的美人が聞いて泣いちゃうよな! 」 「 柏原はんちょ−。三上部長に通報される、いますぐ裏拳をくらう、どっちが良いですか? 」 「 お前怖いよ? 笑顔でそんなこと言うなんて怖すぎるよ? 」 「 あらそうですか?わたしみんなに優しいつもりですけど… 柏原班長の気にしすぎでは? 」 「 ひで−!おま…仮にも先輩だろ?上司だろ? なんだよ−いまは下剋上社会ですからみたいな顔されてもオレ知らないし! …あっ藤堂 」 「 えっ? 」 「 んなわけね−だろバ−…カッ… ぐえっ!痛い!昼飯出る!逆流する! 」 「はあ…」ひとり諜報課の室内で転げまわっている柏原を放置して、ため息もほどほどにパソコンと向き合う。きょうの任務の事後報告書をつくっているのだが、半分も終わらないうちから柏原がぎゃあぎゃあ耳元で騒いでいる所為もあって、なかなかはかどらない。それからどれだけの時間が経ったか分からないが、ぐるぐるとお腹が鳴り始めてようやく、はパソコンのディスプレイに表示されている時刻を見た。「うそ… 午後、9時…?」「…うそじゃありませんよさん」背後から、もう聞こえるはずのない声が聞こえて、は吃驚して振り返った。 「 う…羽沙希くん!? どうしてここに…! 」 「 それはこちらの台詞ですよ。さんこそ、平常時間とっくに過ぎてるじゃないですか 」 「 ごめんなさい、就業時間忘れちゃってたみたい… それより羽沙希くんこそ、何のご用? 」 「 柏原班長に聞いたんです。あいつ晩飯まだだろうからって… ぼくもこれからなんで、ごいっしょしようと思って、 」 「 羽沙希くん…!そうだったの。ありがとう、いま片づけるわね 」 「 あ、すみません… お茶の用意しておきます 」 片づけをしながら、なんとなく羽沙希が作業をしている様子をみつめてみる。白く細い手は特刑にいるだれよりも頼りなさそうなのに、いざ現場となれば獲物の刀を振りかざし罪人を斬り捨てる。まあそれは特刑の部隊に所属しているどの隊員にも言えることだけども、羽沙希にはなんというか ―――― うん、似合わないような気がしていた。そんなふうに思うようになったのは、彼がひとを斬るところを目撃してしまったあの日からずっと違和感となって心の奥に根強く残っていた。だけどもこれは羽沙希が決めた道だ、家族でもなんでもない自分が介入することが正しいことではないということくらい分かる。分かっている。 「 …さん?どうしたんですか?ぼんやりして… 疲れているんなら休んだほうが 」 「 ん?ううん、平気よ。羽沙希くんは元気だね−若いって良いね 」 「 …なに言ってるんですか。さんだってまだまだ若いです。10代の僕と比べたらだめです 」 「 そう?でも…ふふ、そんなに歳差ないんだけどね。さあご飯にしよう!お腹すいたね− 」 「…はい」とどこか微笑ましそうに瞳を眇めている羽沙希を気にも留めずに、は柏原が出前をしてくれていたであろうピザに舌鼓をうつ。「羽沙希くん?食べないの?」「ああ、食べますよ。すみません… いただきます」「どうぞどうぞ−ていうか相変わらずなんだね、悪くもないのに謝る癖」「? …そうですか?」「そうよ。 …どう?このピザおいしい?」「え?ああ…おいしいです」「良かった!ここわたしのお気に入りでね−柏原班長も気がきくよね!見た目はあんなだけどっ」昼間のことを思い出して、笑みがこぼれる。そんなとは反対に、どこか不機嫌そうな表情の羽沙希を見やり、はコトンと首をかしげた。 「 ―――― 羽沙希くん?どうかした? 」 「 え? 」 「 なんか…不機嫌? 」 「 そんなことないですよ。すみません、心配させてしまって… 大丈夫です 」 「 ん− …あっ!羽沙希くん!もうすぐだねっ 」 「 なにがですか?あ…ハロウィン? 」 「 ぷぷっ… 忘れてるうえに見事な天然ボケだね−!あははちがうよ、誕生日だよ誕生日! 」 「 誕生日… 」 「 そうそう!ふふっ…あ−笑った笑った。まさかほんとうに忘れてるなんてね 」 「 さん…笑いすぎですよ 」 流れた涙を拭いながら、はごめんごめん、と俄かに表情を硬くさせた羽沙希に詫びを入れる。「ごめんってば羽沙希くん!そんな顔しないで!」「もとはと言えばさんが原因…」「分かってるよ−だから謝ってるんでしょ?でも誠意が感じられないって言うんでしょ?」にもっともなことを言われ、今度は押し黙るしかない羽沙希。相変わらず表情の晴れない羽沙希に流石に困惑したのか、は「え−ええっと!そうだっ。お詫びになんでもするよ!誕生日のお祝いっ」「なんでも…?」「うん、なんでも!って言っても、わたしに出来る範囲で、だけどね!」「じゃあ…」羽沙希がいろいろ思案している間に、夕御飯を着々とすすめていく。羽沙希の口から飛び出したのは、が予想していたどんな出来事とも違っていた。 「 じゃあ… 誕生日の日は 」 「 うん?なにかな? 」 「 ―――― ぼくのことだけ、考えていてください 」 「 は…はい? 」 「 …っすみません!ぼくはこれで失礼します! 」 「 え… あのちょっと?羽沙希くん? 」 「プレゼント…渡しそびれちゃった…」伸ばした手は空しくも羽沙希には届かず、ひとり諜報課に残されたはなすすべもなくたたずんでいることしかできなかった。それから誕生日ののちふたりの異変に気がついた式部によっての誤解は解かれ、ふたりは無事に結ばれたようだった(もちろんは羽沙希の誕生日当日、羽沙希のことしか考えていなかったという事実も式部によって羽沙希に知らされた。まあこれがきっかけで羽沙希は後日にちゃんと告白出来たわけだが)。 ラストリゾート |