きょうは珍しく五十嵐課長に呼び出されて、裁判後の書類作成の手伝いをさせられている。柏原班長率いる一斑はきょうもきょうとて第一部隊のみんなと現場だというのに、 きょうに限って課長の手伝いとは珍しい ―― はそんなふうに思いながら、パソコンとにらめっこしていた。もともと五十嵐課長の補佐、ということで特刑にやって来たわけだが、 いつも「現場を頼む」と一斑に追いやる五十嵐課長がきょうは手伝え、だなんて。「珍しいこともあるものね…」は聞こえないようにつぶやきながら、再度キ−ボ−ドを打ち始めた。 課長いわく「きょうの任務は厄介なんだ」ということらしいが、第一なら問題ないはずなのに・といまもその疑念を打ち消すことは出来ない。もしかしたら、警察と何かあったのかもしれないし、 ほんとうに自分の身を案じてのことかもしれない。いずれにしても、自分にとって不利な任務であることは間違いなさそうだ。そこまで考えて、ふとある人物の顔が思い浮かんだ。


「蓮井…」
どうした?手が止まっているようだが…」
「五十嵐課長。いえ、なんでもありません」
「現場が気になる、か」
「え? ええ…まあ、少し。ですが第一なら大丈夫ですきっと」


「第一なら、ね」五十嵐課長は復唱するようにそう言って、苦笑した。「それよりむしろ、一斑が気になるのかと思っていたよ」指摘されて、一瞬心臓が跳ね上がった。なぜ、自分が一斑を気にしなければならないのか。 眉間にしわを寄せていると、そんなの心情が伝わってしまったらしく、五十嵐課長はまた苦笑して「任務内容を聞いてから、きみの様子がおかしかったもんでね」と言って、珈琲をすすった。 さすがは特刑をとりまとめる課長、観察力はずば抜けているようだ。は肩をすくめて「ちょっとややこしそうな任務でしたので、気になっただけです」と言った。 だけれど、五十嵐課長はすべてを悟ったように「藤堂か」と人差し指で頭部をかきながらそう言った。だからは苦笑して、五十嵐課長のカップを受け取りながら、言った。


「お言葉ですが、五十嵐課長」
「どうした? きみが珈琲を淹れてくれるなんて、珍しいな」
「わたしはみんな心配なんです。 わたしが現場に行くことでスム−ズに片付くなら、それがベストでしょう」
「まあ、そうだな。 で?さっきの質問の答えがまだだが」
「え?ああ、そんなこと答えるまでもありません。 わかっていて答えさせるなんて課長もほんとうにひとが悪いですね」


がそう言って珈琲を五十嵐課長に手渡すと、彼はやれやれと肩をすくめて「わかったよ、単なる気まぐれなんだろう」とあきらめたようにそう言った。 だからはゆっくりと頷いて、微笑んだ。「たまには、信じて待ってやることも必要だと思うぞ」五十嵐課長はそう言って、席を立った。はコ−トを持ち、ファイルを手に取った。「お時間ですね」はそう言って課長にコ−トを手渡し、扉のほうへ向かった。「ああ。じゃあ行くか、。裁判聴衆」「はい」はそう答え、最後に課長の執務室を出る。


「あれ?、お疲れ−。きょうは見かけなかったな」
「五十嵐課長のお手伝いだったんです。 お疲れ様です、柏原班長」
「うん。あのさ、


「はい?」そう返事をしながら、諜報課に用意されたのデスクに腰掛ける。ちょうど少しまえに裁判聴衆と書類整理を終えたばかりで、やっと諜報課に戻る許可が出た。 デスクを見下ろすと、そこには上品にラッピングされた箱の包みがふたつあって、は柏原を振り返った。「課長と、なんかあった?」降ってきた言葉は意外なもので、はただただ目を瞬いた。 首をかしげ「どういうことですか?班長」そう尋ねてみるも、彼はう−ん・と言葉をにごらせるばかりで、返事はない。「なにもありませんけど…それよりこれ、なんです?」がそう言うと、 柏原は「ああそれね。 ひとつは式部副隊長代表で、第一のみんなから。で、あとひとつは諜報課率いる俺から!」とどこか嬉しそうにそう言った。


「中身…なんです?」
…きょうなんの日か忘れてるな?」
「知ってますよ、バレンタイン…まさか…」
「そ。いつも世話んなってるに、って。もっとも、言いだしっぺは式部副隊長と藤堂だけどな」


「藤堂くん…そうだったの」は包みをあけ、チョコレ−トをひとつずつ口に含む。程良い甘さが口の中に広がって、疲れなんてあっと言う間に消し去っていく。 「総隊長は成り行きって感じだったけどな−。 ?泣いてんの?」柏原に言われて、はっとした。自分でも気づかないうちに、涙がこぼれていた。ほんの少しだったのが幸いだ。


「ごめんなさい…わたし、…なんでもないの」
「なんでもないって…、お前なあ…」


柏原は近くにあったティッシュをに差し出すと、ぽんぽんと頭をたたいた。「分かってるって、嬉し泣きなんだろ。こうしとけば誰にも泣き顔、見えないから」その言葉が、素直に嬉しかった。 自分はみんなをだましているというのに。その屈託のないやさしさが、こんなにも嬉しいだなんて、思ってもみなかった。「ありがとうございます…」そんな感謝の言葉が、自然とのどの奥から出て来た。 「お礼なら、課長にも言っておけよ」意外な人物の名前が出たことに、は驚いて顔をあげた。「がいつも、俺たちのこと思っていろいろ課長に言ってくれてるって、式部副隊長から聞かなかったら、 俺たち…なにも知らないままだった」柏原はひと息にそう言って、にか、といつもの笑みを浮かべた。「柏原はんちょ…」涙が言葉に詰まって、最後まで言えない。


。これからも…よろしくな」
「…はい」



なんとなく透き通った世界