「メ−ル…?さんから…?」 ちょうど任務を終えたばかりの藤堂は、携帯電話のバイブ音に驚きながらも、ディスプレイを開いた。 文面には<任務お疲れ様。このあとひまだったら、諜報課に来てね>と言う簡単なもので、それでいてらしいと藤堂はほんの少し表情が緩むのを感じた。 そうしてちょうど昼過ぎであることを確かめ、「もうお昼か…」と呟いてから、御子柴と式部にあいさつをしてのいる諜報課に向かった。 「あの、失礼します…、さん?」 「あ!藤堂君いらっしゃ−い!」 そういったはいままでに見たことのないくらい満面の笑顔でくるりと椅子を回転させ、こちらを振り返った。そして、その直後 ―― ぱんぱん!と言う空気の割れるような音がした。 まるで銃声のような ―― だけれど、それでいてどこか優しい破裂音に、藤堂はきょとんとして散らばっていく無数の紙切れが舞い踊るのを眺めていた。 「あははっ、予想通りの反応!ごめんね、びっくりさせちゃって。」はそう言って屈託のない笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がった。 「さん…?これはいったい…」 「誕生日だよ、誕生日!藤堂君のね−。お誕生日おめでとう!」 「へ…?あ…、そうか…きょう、10月29日…」 「そうそう!思い出したらさくさく行こう!じゃあ行って来ま−す!」 「え、さん?行くって、どこに…?」 「とりあえず、午後はお休みなんでしょ?」「はぁ…召集があるまでは…」「だったら付き合ってほしいところがあるの!」「はぁ…、え?」そんなやり取りを繰り返している間にも、 ぐいぐいとに手を引かれるまま、カフェのある洋風レストランにやって来た。テ−ブルに着くなり、は「お腹空いたでしょ?きょうはわたしのおごりだからなんでも頼んで!」と笑顔でそう言った。 きょうはなんだか笑顔が耐えないな…と不思議に思いながらも、藤堂はに差し出されたメニュ−をまじまじと眺めた。 「じゃあ…これとこれで」 「それだけで良いの?藤堂君て意外と小食なんだね。分かった!すみませ−ん」 は一度驚いたふうに目を見開いたけれども、やがてニコッと少女のような笑みを浮かべて、近くにいた店員に声をかけた。それから品物が来るまでは他愛のない話をしてすごした。 そう言えば、こんなふうに誰かと話をするのも久しぶりだな・なんてことを思い浮かべながら、静かにの話に耳を傾ける。の声はどこまでも明るくて、弾んでいて。そしてなにより穏やかだった。 第一だけじゃなくて、どこの部隊にも信頼される理由が、なんとなくだけれど分かった気がした。気さくで、頼れる人柄であることは話に聞いて知っていたけれども、こんなにも少女みたいに笑うことがあるのかと驚く反面、嬉しくなった。 「さんは…どうしていつも笑っていられるんですか?」 「…え?」 「あ…すみません。折角楽しそうに話していたのに…」 「…ふふ。良いよ、わたしばっかり話してちゃ、藤堂君のお誕生日の意味ないもんね。なに?」 「あの…以前式部副隊長にも似たようなことを聞いたことがあるんですが…。さんて、いつも笑ってますよね。どうしてですか?」 「ん−、これと言った理由はないんだけど…しいて言うなら…」 「しいて言うなら?」 「わたしが笑顔でいることで、みんなもそうなってくれたら良いな−って」 そう言って、はまたニコニコと笑顔を見せた。「あ。いま子供っぽいとか思ったでしょ」突然、はそんなことを言って笑顔を解いた。「え?いえ…うらやましいなと…」頼んでおいたメニュ−にはしを伸ばしながら、藤堂はそんなふうに答えた。もまた藤堂に習いながら「うらやましい?」と首をかしげた。「はい。自分には出来ないので…」と言って黙々と食事をすすめる。いつ召集があるか分からない・と言うのと、を待たせるわけにはいかないと言う気持ちが交差してのことなんだけれど。きっと、気づかないだろう ―― も、自分も。 「そっか…。でも、良いと思うよ!無理に笑おうとしなくても」 「え…」 「笑顔ってね、自然とそうなるものだし…なにより、藤堂君は優しいからそれで良いんだよ」 「さん…」 「食べた−!ご馳走様でしたっ」はそう言って手を合わせ、残ったドリンクを飲み干した(早い…)。そして結局を待たせてしまうのか・と落胆にも似た気持ちを抱きながら、藤堂もようやく完食した。 それからふたり、法務省に戻る帰路の途中、が「あっ!」と物珍しそうに声をあげたので、藤堂も何事かと彼女のほうを振り返った。自分の少し後ろを歩いていたは、小走りに木の枝のほうへ駆け寄った。「さん?」不思議に思った藤堂は少しずつのほうに歩み寄りながら、ああ、と得心した。「見て見て!桜だよ、藤堂君!」まるで子供のようにはしゃぐをなんとなく眺めつつ、小さな花弁に目を向ける。 「この時期に桜…?」 「今年はほら、ずいぶん暖かかったから…季節を間違えて咲いてるの。こういうのをね、狂い咲きって言うんだよ」 「そうなんですか」 「うん!…て、あんまり興味なさそうだね藤堂君、」 不意に、空気がしょんぼりした重たいものに変わった気がして、藤堂は「そんなことないですよ。確かに珍しいです」とだけ言って、いまだにしょんぼりしているを振り返った。「さん。きょうは…ありがとうございました」お礼を言うのが遅くなってしまったけれども、藤堂はそう言って、ほんの少し笑みを浮かべた。あんなにも楽しいと思える時間をすごせたのは、なんだか久しぶりな気がした。 最初は無理矢理だったのもあってあまり乗り気ではなかったけれども、これもなりの祝い方なのだと思うと、ほんとうに嬉しく思えた。だからこそ、いま笑顔を見せられるのかもしれない。それもこれも、のおかげだ。だから、 「藤堂君…?どういたしまして!わたしのほうこそ、無理言ってたのに付き合ってくれてありがとうね!」 「いえ。さんのおかげで楽しかったです、すごく」 「そっか、良かった!じゃあ、帰ろうか!」 そろそろ召集があるかもしれないし・と笑顔で付け加えて、歩き始めるの背を、藤堂はとても穏やかな気持ちで見つめていた。そんな藤堂が、彼女のことをほんとうに思い始めるのは、もう少し先の話。 ワルディ−の昼下がり |