「あら、おはよう」訓練の手を休め、扉のほうを振り返る。そこにはやはり、不機嫌そうな顔をした総隊長がいて、はこっそりとため息を吐いた。 彼はこちらを向くことなく「ああ」とだけ言って、拳銃を握り締めた。ほんとうに、分かりやすいひとだと思う。機嫌の良し悪しだとか思っていることが顔にも出る。 刑務官を束ねる人間がそんなふうで良いのかと思うけれど、これが彼の言う「人形とは呼ばせない」ことの証明なのだと思うと、少しだけ笑みがこぼれた。 「あ?何がおかし−んだ、」 「いいえ、なんでも。おもしろいひとだって思っただけよ」 「おもしろい?俺が?」 「ええ」はそう言って微笑み、弾丸を数回発砲した。「だってあなたは伝説と呼ばれるほどの気質を兼ね揃えているだけじゃなく、特刑を統べる総隊長。 そんなひとがこんなに分かりやすいひとだなんて、あなたをよく知るひとからしてみればこんなにおもしろいことはないわ」火薬を詰め替え、ほんの少し御子柴隊長を振り返って、そう言う。 けれども彼はやっぱりこちらを振り向くことなく、「そうかよ」とだけ言って軽く舌打ちをした。どうやら、機嫌が悪いのはほんとうらしい。はそれを確信すると、やれやれと肩をすくめた。 「深すぎる感傷は、いつか必ず自らの生命を脅かすわ」 「うるせぇ、んなこと分かってる」 「だけれど…仕方ないのかもしれないわね。それがあなたなんだもの」 「…は、何が言いたい」 ぱんぱん、機械的な発砲音が耳に障る。はほんの少しだけ眉間にしわを寄せて、拳銃を構えた。「あなたは優しいのねって言ってるのよ。甘い…とも言うのかしら。総隊長さん?」そう言って、連続的に発砲する。 「なんだって…?」ようやく振り返ったかと思えば、握り締めたままの拳銃をこちらに向けた。指先がぶれたことを見逃さなかったは、来る ―― と思った。咄嗟に拳銃の銃口を下に向け、 グリップの部分を目線の近くに合わせて身構えた。そうして案の定、彼のぶれた指先は力を緩めることなく、その引き金を引いた。そして弾かれた弾丸は、の拳銃の甲部分に当たって、鈍い音を立てて床に落ちた。 「おいおい総隊長!なにやってんだてめ−は!」予想していたとおり、射撃管理課(ここ)の指導員・保井が血相を変えて御子柴隊長の胸倉をつかんだ。 「なにって、」 「お前、自分がなにやったかわかってんのか!?諜報課の人間に発砲してんだぞ!?」 「…あ、」 「ったく、だったから良かったものの…感情に呑まれすぎだ、総隊長」 「わりい…」 「謝る相手が違うだろ!も、悪かったな」 「いえ、保井さんが謝ることではありません。それにもともと挑発じみた発言をしたわたしに非があるんですから」 もまたそう言って、ふたりに頭を下げた。「ほんとうに、ごめんなさい」なかなか頭を上げようとしないに、保井と御子柴は顔を見合わせた。 「や、あの…さっきのは確実に俺が悪かったから。顔を上げてくれ」珍しく慌てたような声が聞こえ、さすがのもパッと顔を上げた。明らかに、困惑した表情が浮かんで見える。 言葉が出ずにいるに、御子柴は「いくら頭にきたからって発砲を止めることは出来たはずだ。だから…な?」と重ねるようにそう言った。 「ありがとう」 そう言って微笑み、拳銃を仕舞う。振り返るとそこには、面食らったような御子柴の顔とニマニマとどこか嫌らしい笑みを浮かべている保井の顔があった。はわずかに首をかしげつつ「どうかしたの?」とふたりに尋ねた。けれども問題のふたりはと言うと「いや、別に…」と言葉を濁しただけだった。 「そろそろ休みましょう、総隊長。どうせこの後任務でしょ?保井さんも、お邪魔しました」はわけが分からない、と首をかしげたあとそう言って、保井に一礼した。いまだ呆然としている御子柴の手を引いたまま、部屋を出た。 「ふう…とんだ誕生日になっちゃったわね、御子柴君」 「だれのせいだ…」 「だから謝ったじゃない。意外と根に持つタイプ?」 「うるせぇよ」 「ふふ。はい、こんなものしか用意出来なかったけど…誕生日おめでとう」 「あ−なんだこれ?」 「珈琲と防弾用のお守りよ。内ポケットにでも入れておくと良いわ」 「…なんかいろいろ、悪かったな」 「もうすんだことだもの、忘れちゃったわ。それじゃあ、任務がんばって」 はそう言ってそれぞれを御子柴に手渡し、そっと微笑んだ。「優しいことは悪いことじゃないわ。それで守れるものもある…そうでしょう?」はそう言って御子柴の手を握り、 じゃあね、と言ってその手を離した。「やっぱわけ分かんね−な、あの女」御子柴のそんな呟きを背に聞きながら、もまた「それはどうも」と呟いた。きょうはほんの少し、素直な彼を見たような気がした ―― 。 デフォルトの関係 |