「よお、新人」
「…あら、御子柴隊長。おはようございます」
「諜報員が訓練なんざ、珍しいじゃねぇか」
「ご存知かと思いますが…わたしは現場で調査を行ってます。だから、」
「用心のために訓練してるってか?諜報は現場と関係ね−はずだがな。
 まぁ、イガグリの野郎何言ったのかは知らねぇが、疑われる行動は慎むんだな、新人」
「…です。

ぱん、と弾丸を弾き、模型の真ん中 ―― 心臓部分を射抜く。ヒュウ、という耳障りな口笛が聞こえ、はほんの少し眉間にしわを寄せた。 カシャッと中身を入れ替え、もう一度構える。そうして先ほどとおんなじ容量で弾丸を連射する ―― ほぼおんなじタイミングで、隣側から銃声が聞こえた。…ケンカを売ってるつもりなのだろうか、このひとは。そう思ったはわざとタイミングをずらし、最後の弾丸を弾く。

「ケンカ売ってるつもりなの?」
「いや?新人のわりに自意識過剰なんだな、オマエ」
「神経質って言ってくれない?…だから」
「俺が」
「…は?」
「俺がお前のこと認めてやっても良いって思えたら、そう呼んでやっても良いぜ」
「そう、って?名前で呼んでくれるっていうことかしら」
「…っせ−な、ほかになにがある」

そう言って、御子柴笑太は愛銃・デザ−トイ−グルを構え、恐らく最後であろう弾丸を脳天目掛けて放った。弾丸は一瞬もぶれず、頭蓋の真ん中を貫通した。は一瞬目を丸くしたが、やがてその瞳を伏せて小さく肩をすくめた。彼なりに信頼しようとしてくれている、ということなのだろう。 いまのは、ほんの照れ隠しのようなものだ。自分だって、それが分からないほど子供じゃあない。だけれど ―― 彼の思いを叶えることは出来ないだろう、とわかっていた。 だから、否定も肯定も出来なくて…ただあいまいに微笑むことしか出来なかった(ごめんなさい、ごめんなさい。信じさせられなくて、ごめんなさい)

「…新人、どうした」
「ちょっと休憩。続けてて良いわよ」
「…俺も疲れた」
「うそばっかり。力、こもってるじゃない…御子柴君もうそがへたね」
「るっせぇな。オマエ、なんでそんなに分かんだよ、気持ち悪ぃ」
「失礼ね。これくらいの観察力がなくちゃ、この仕事やってられないわよ」
「まぁ、そりゃそうだな。オマエらの仕事にゃ、不可欠なんだろうよ」
「…何が言いたいの?御子柴君…あなた、何か隠してる?」
「どっちが。俺はただ〔疑ってる〕ってことをオマエに知らしめようと思っただけだ」
「そう。ていうよりあなた、全部疑ってるでしょ…一概にわたしだけって言い切れないでしょう」
「はは、そこまで分かっちまったか。さすがだなぁ…しょうがねぇ」

御子柴笑太はそう言ってデザ−トイ−グルをしまいこみ、こちらを振り返るなり「特別に名前で呼んでやる」といっていつもの不適な笑みを浮かべた。 気のせいだろうか、喜んで良いはずなのにわずかに鳥肌が立ったような気がしたのは。それは認めてくれる、というわけではなく ―― 疑いあう同士としてだ。 「いまはまぁ、ぜいぜいってとこくらいまでだな」そう言って確かめるようにじい、との顔を凝視する。疑われないように ―― 疑わせないように、真っ直ぐにその視線を受け止める。

「あ…いたいた、御子柴君!…ちゃん?」
「おはようございま…、なにやってるんですか、御子柴隊長」
「だめだよ−、新人いじめは。五十嵐君に言いつけちゃうよ−」
「は、あいつなんか返り討ちにしてやる」
「あ…あの式部隊長、藤堂君。別にいじめられてたわけじゃないから、気にしないで」
「ほんとう?そんな雰囲気には見えなかったけどなぁ〜ねぇ、羽沙希君」
「え?ええ、そうですね…ほんとうになんでもないんですか?さん」
「ほんとうよ。見てのとおり、なんともないし…それより、御子柴隊長に何か用事じゃなかったの?」
「そうそう!笑太を呼びに来たんだよ!いつまで経っても来ないから…電話入れたのに。五十嵐君も部長もカンカンだよ!」
「うげ、まじか…じゃあな。きょうはここまでだな、

無造作に後頭部をかきつつ、の背中越しにそう言って、御子柴笑太は訓練場を出て行った。はその背中にささやくような声で「ええ」と呟いた。 次があるかは、分からないけれど(もしあったとしても、そのときわたしはもういないかもしれないけど)は去っていく第一部隊のひとたちを見送りながら、そんなことを考えた。 わたしは、特刑を調査するべき人間であって、特刑に肩入れするためにここに来たんじゃない。もしもちゃんとした「仲間」として出会うことが出来たなら。 そこまで考えて、踏みとどまった。もうやめよう ―― 所詮は変えられない過去の「置き換え」でしかないのだから。そう切り捨てて、拳銃を握り締める。 ほんの少し汗ばんでいた指先は、わずかに引き金を濡らしていた。反射神経が鈍る ―― 暗がりはまだ、晴れることを知らない。


影を少し動かして君に触れる