うたが聞こえた。夜も遅いこの時間に、いったい誰が謳っているんだろうと半ば興味本位からまだまどろむ目蓋を見開いて、アレンはゆっくりと教団の中を歩き始めた。アクマ、ノア、14番目、教団 ――――― いろいろなことが起こりすぎて、疲れているのかもしれない。もしかしたらこのまどろみも夢なのかもしれないと頭の片隅で思っていたころ。次第に大きく耳に響く歌声に、アレンの頭は完全に覚醒した。「これ、の声だ」教団には、誰かを思って歌うひとが何人かいるが、もそのひとりだということを知らないアレンではなかった。なぜか自然と、歩く歩幅が早くなっていく。そして教団の頂上、時計塔にたどり着いたアレンは、のリサイタルを邪魔しないように、階段に座って頬杖をついた。 ―――――― 綺麗な歌だな。 それがアレンの、いまも昔も変わらない印象だ。紡がれる歌詞は限りなく優しいのに綺麗だと思ってしまうのは、が教団で「天使」と言われていることと関係があるように思えてならない。もっとも、こんなことを本人の前で言ってしまったら、まゆをひそめられてしまうかもしれないけど。 そんなことを考えていたら、いつの間にか歌声が聞こえなくなっていた。どうしたんだろうと不思議に思っていたアレンだったが、その理由はすぐに明らかになった。「おはようアレン君」「え?あっおはようございます!すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですが邪魔をしたら悪いと思って」「大丈夫だよ。アレン君がここにいたことは気付いていたから」そう言って笑うに、アレンは素直にかなわないと思った。流石は有数の探知能力を誇るだけあると。 「 でも残念です 」 「 残念って? 」 「 の歌、途中で終わっちゃったから…もう聞けないと思うとってことです 」 「 だってひとを思って歌う歌を誰かに聞かれてしまったら、その方に失礼だから 」 「 だからラビに、人前で歌う歌に意味はないって言ったんですね 」 「 あ、知ってたんだね。ラビってばおしゃべりだなあ 」 「 僕が聞いたんです。どうしてはいつもあんな高いところで歌ってるんですかって 」 「 分かってるよ。ラビは悪くないし、もちろんアレン君もね。人前で歌わないのは、わたしが恥ずかしいって意味もあるけど 」 「 うまかったですよ、ほんとうに 」 「ありがとう」はそう言って微笑み、昇っていく朝日をみつめた。「ちゃんと眠れた?」「え?」「アレン君、最近疲れてるみたいだったから」「眠れましたよ」「そっか。良かった」そう言ったの表情は、笑っているのにどこか寂しそうで、自分にも責任の一端はあるのだと分かっていたから、抱きしめることも出来なかった。「マリの言ったこと、気にしてる?」「え?どうして、」「だってアレン君は、ひとにもアクマにも優しいから。そんなんじゃ、いつか自分を苦しめちゃうよ」「おなじこと、言われたことあります」「”アレン君”を心配してるんだよ。”仲間”だから」「」きっと、いまの自分はとても情けない顔をしているだろうと、安易に想像出来るほど、視界が歪んでいることに気付いた。 「マリの言ったことは間違ってない。ここの人間は、わたしを含めて、身内をアクマに殺された”被害者遺族”だから。でもね、わたし考えたの。アクマだってもともとは一人の善良な心をもった人間で、すきでアクマになったわけじゃない。そんな彼らを救済するのも、イノセンスに選ばれたわたしの仕事だって」「…」「イノセンスはわたしたちに大切なモノを守るために神様が与えてくれた力なの。だからわたしは、カミサマも嫌いじゃないしこの力にも感謝してる。たとえ、この力のせいで短命になったとしても」そんなふうに前を見据えて語るの表情はひとつも揺らぐことなく、朝日をとらえている。 「 わたしたちはアクマにとらわれた人間のことを意識しないために”破壊”って言ってるけど、結局はおなじなの 」 「 おなじ…?”破壊”と”救済”が? 」 「 そうだよ。ノアのやり方はどうかと思うけど、そのひとの魂が自由になるってことだから 」 「 う−ん。難しいですね 」 「 そもそも伯爵がダ−クマタ−なんてものをつくんなきゃ、こんなややこしいことにはなんなかったんだけどね 」 「 ――――― ハハッ、それは言えてます 」 「 アレン君のなかに14番目がいたとしても、アレン君はアレン君だってことだよ 」 「 僕、アクマとおなじ扱いですか 」 「 皮をかぶってるってことだもん、いっしょじゃない? 」 「 さりげなく毒を吐きましたね 」 「 なんのこと?あ−お腹すいた!アレン君、朝ごはん行く? 」 大きく背伸びをして振り返るを抱きしめた。「アレン、くん?」「すみません…ちょっと、エネルギ−補給を」「えぇ?」困惑した声色。だけども優しい声色。拒絶しないことを良いことに、アレンはの優しい鼓動に耳を傾けた。「え−っとっ」流石に困っているらしい。がどうしたものかと考えている様子をみているのも楽しかったが、流石に可哀想に思えてくる。「行きましょうか。充電完了しましたし」「――――良いの?」「ええ。あとは、が朝食に付き合ってくれれば完璧です」「そうなんだ」が笑う。それだけで暖かく穏やかな気分に包まれる。「うん、はやっぱり天使だ」「――――え、なにか言った?」「いえ、なんでも。きょうはなににしましょうかね−」の背中を押しながら、白み始めた空を振り返る。膨らんでいく思いと比例するように、すこしずつ、朝日が顔を出していった。 大人と子どもと中くらい |