あの日は確か、単独任務の帰りだった。ぼくはまだ入団して間もなかったけれど、いまでもぼくの心を暖かくする。 いまでも思い出せる、吸い込まれそうなほどの碧色をした瞳 ―― 優しい思い出。だけれどあのときのぼくは、そのすべてと敵対することになるだなんて、夢にも思ってみなかったんだ。

「うう…さむ。雪降るんじゃないか、これ…」

回収したイノセンスをポケットに感じながら、駅舎へ向かう途中のことだった。季節は冬になったばかりのころで、寒さのあまりに手がかじかむほどだった。 不意に、赤レンガづくりの家に目が止まり、ぼくは自分の目を疑った。だってそこには ―― 死んだように眠る、女の子の姿があったから。 ぼくは慌ててその子に駆け寄って、団服をかけた。「だ、大丈夫ですか!?」そのときは、寒さのあまり硬直してしまっているのかと思ってそう声をかけた。 だけれど ―― 抱き寄せてみて分かった。トクン、トクン。確かに、鼓動が脈打っている ―― ほんとうに眠っているだけなのだと思ったぼくは、階段に腰掛けて、彼女が目覚めるのを待つことにした。

「う、…ん…?」
「寒いなあ…、どこか暖かいところに…。あれっ?目、覚めたんですか?」
「あれ…わたし…」
「ここで眠っちゃってたんですよ。風邪ひかないように、あのお店に行きませんか?」

少しは寒さもしのげるはずですし。アレンはそんなふうに付け足して、ね?・と笑みを浮かべた。お向かいのカフェを指差し、彼女を見やる。 彼女は少し戸惑った様子だったけれど、やがてあきらめたように頷いて、「…そうする」とだけ言って、立ち上がった。 「子供…?」あまりの小ささに、ぼくはまたしても目を見開いた。ぼくよりもはるかに小さい背丈 ―― ふと、僕が何も言えずにいると、彼女は頬を膨らませて、「そうだよ、悪い?お に い さ ん」と嫌味っぽくそう言った。

「あ…えと、すみません。そういうつもりじゃ…!と、とにかく入りましょう」

慌ててそう言い、その子の気が変わらないうちに彼女を半ば強引に店内へ押し込む。そのあとに続いて、僕もお店の中に入る ―― 暖かい。 「いらっしゃい。何にする?」店員さんがそんなふうにそう言って、メニュ−を差し出してくれた。「えっと…じゃあ、ココアをふたつ」僕はそう言って、店員さんにメニュ−を返した。 店員さんはかしこまりました、と言って頷き、僕たちのそばから離れていった。不意に、僕はあの女の子のほうに目線を向けた。まだ、眠たそうにしている。

「…大丈夫ですか?」
「ん、平気…いつものことだから。眠たいの慣れてるの」
「?そうなんですか。あの…きみの名前は?僕はアレン・ウォ−カ−って言います」
「アレン…?あたしは。アレンは…エクソシスト…なの?」

まじまじと、何かを確かめるように胸元のロ−ズクロスを見つめている、と名乗った少女は、そんなふうに言って振舞われたばかりのココアをすすった。 「はい…、ていうか知ってるんですね、エクソシストのこと。一般の方は分からない方が多いのに…関係者か何かですか?」僕もココアをすすりながら、ほんの少しだけ首をかしげる。 するとは「ん−、まぁ…そんな感じ…?」とあいまいにそう言って、ほんのちょっと僕を真似るように小首をかしげた。

「きみは、この辺の子?家族は…?」
「ううん、違うよ?家族もいない…あそこには、ちょっと疲れちゃったから休ませてもらってただけ」
「…?そうなんですか。じゃあ、帰り道は分かりますか?」
「む−…いくら子供だからって、それくらいは分かるよ」
「あれ…?えと、すみません…」

不思議な子だな ―― それが、彼女・に対する僕の第一印象だった。容姿も何も、ごく普通の女の子そのものなのに、心が弾む ―― 惹かれる。どうしてだか、とても。 だけれど、それは僕にとっても・彼女にとってもいけないことなんだ・って、頭のどこかでそう思っている自分がいた。それなのに、もう、どうしようもないくらい憧れた。 もしも僕がエクソシストじゃなかったら、ってとても、理不尽なことを考えてしまうくらいに。僕は少し、自嘲するように笑みを浮かべて、を見た。は、「雪が降りそうだね−」なんていいながら、窓の外を眺めている。

、」
「ん−?な〜に?」
「僕は…」
「あ−ッ、見っけ!こんなところで油売ってちゃお父さんに怒られちゃうだろ−?」
「ティキ!」

がティキ、と呼んだそのひとに会話を中断され、なんとも言えない複雑な面持ちでいると、彼にまじまじと見られていることに気が付いた。 「え〜っとね、助けてくれたの!」傍から見ればわけの分からない会話に聞こえるが、ティキという青年には日常茶飯事のことらしく、「あ−。お前また、ところ構わず寝てたんだろ」とことの詳細を知り尽くしているかのようにそう言った。 「えへへ」ぐしぐし、とティキに頭を撫でられているはほんの少し照れくさそうにそう呟いて、ほんとうに嬉しそうに笑みを浮かべた。そっか、きみは ―― 。

「え〜っと…なんだかうちのが世話になったみたいで、悪かったな…少年」
「あ…は、いや、大丈夫です。それより良かったです、思っていたよりも早く引き取りに来てくださって。
 あんまりにも遅かったらどうしようって思ってました、僕。それじゃあ…僕はこれで失礼しますね、
「そうか…サンキュ−な、少年」
「ありがと、アレン!これ、お礼!」

なんですか?と言いかけて、小走りに駆け寄るを見やる。彼女はトランプを手に持って、それを僕の手の中に収め、そっと触れるだけのキスをした。 別れのあいさつだって分かっていても、高鳴る鼓動はもう抑えることは出来そうになかった。「じゃあね!」と言って手を振るの笑顔も思い出せないほどに、僕はただぼんやりとふたりの背中を見送った。 「ウォ−カ−さん?何してたんですかこんなところで…?」汽車、出ちゃいますよ。探索部隊のひとにそういわれるまで、僕はぼんやりしてしまっていたのか。呼ばれてすぐ、僕はまた苦笑した。

「ウォ−カ−さん…?」
「すみません、ずいぶんお待たせしてしまったみたいで…帰りましょう、本部へ」

そう言って、僕もまた店を去る。これでさえも、物語のほんの序章に過ぎないのだということに、気づきもせずに。


さよならをつかまえる