「ラビ、お帰りなさいッ」 「うお、!何するんさ、突然−」 「えへへ、なんか嬉しくって!ねね、今回は何処へ行ってたの?」 「おまえなあ…室長の助手なら分かんだろ−。イタリアだよイタリア!」 相変わらずしがみついているを振り払うようにしつつ、任務から戻ったばかりのラビは面倒くさそうにそう言った。 いい加減可愛そうに思えたは、しょうがないなぁと呟き、腕を離した。手には何も持っていないし、連れもいない ―― ということは、空振りだったのだろう。はそう思い、ラビの背中を思いっきりたたいてから「お疲れ様!ガセだったんだね」と言ってどこかからかうような笑みを浮かべた。 嫌味だ、と思ったのかラビは「−、からかうのはほどほどにしろさ!なんならいまから決着つけるか−?」と遊び半分にそんなことを言い出した。 「お、良いよ?付き合ってくれるの?」 「もちろんさ。約束したからなあ…コムイに報告すっから、そのあとな」 「了解しました、隊長!」 ラビはそんなを見つめ、よく言うさ、と呟いてからの頭をわしゃわしゃと撫でた。―― まただ。は小さくなっていくラビの背中を見ながら、頬を膨らませた。 まだ、あんなことをしてくる。それはつまり、のことをまだ子供扱いしているということ、だった。確かにはラビよりも年下だけれど、それでも入団初期よりはずいぶん強くなった(つもりだ)。 努力こそ買ってくれているかもしれないけれど、きっとまだ「強くなった」って認めてくれてるわけじゃないんだと思う。なんか、悔しい。 それから30分ほどして、修練場に姿を見せたラビを見つけ、は「ラビ!遅いよ−」と声をかけた。ラビは片手を振り上げ「ごめんさ、。ちっと長引いちまって」と言ってハンマ−を振り上げた。 「んじゃ、早速始めるさ−」 「は−い!」 はそう言ってイノセンスを発動させた ―― 「鋼鉄の拳」。それが、寄生型であるのイノセンスの名前。鍛え具合で強弱が決まるそれは、他者との訓練が必須となるもの。 それゆえには教団のいろいろなひとたちと修練をともにしているのだけれど、その時間はやはりラビとのほうが断然に多かった。だからこそ、ラビの帰還を誰よりも待ちわびていた。 「隙ありっ!」 のそんな声が修練場に響き、次いでラビの「うお!タンマタンマ、!」そんな慌てた声とともに、ズドォン、という豪快な音が教団中に響いた。 いまので恐らく、教団内の人々に「ラビのやつ、またやられたな」て思われたに違いない。ラビはごろんと仰向けになり、そんなことを思った。の腕は、確実に上がっている。それもこれも、が個人特訓を欠かしていないということの、何よりの証明だった。ラビはふ、と微笑んでを見た。 「ラビ、大丈夫?」 「おお。だいぶん腕を上げたなあ、」 「えへへ−。だって毎朝毎晩、筋トレしてるんだもん!おかげでご飯おいしいよ−」 「はは、なるほどなあ。うし、そろそろ飯にするか−」 「うん!」 それぞれにイノセンスを仕舞い、ふたり並んで食堂へ向かう。ラビは鼻歌を歌いながら隣を歩いているを横目で見やり、こっそりとため息を吐いた。 それにしても ―― は、どうしてこんなにも強くなりたがるんだろう。強くなることに、執着するんだろう。それが、不思議でならなかった。 その執着ぶりは、尋常ではない。リナリ−や神田のそれを超越し、アレンと同等とも言えなくもないその執念には、ラビも目を見張るものがある(ブックマンと、して?) 「な−」 「ん−?なに?」 「おまえさ、なんでそんなに強くなりたいんさ?」 「どうして?強くなっちゃいけない?」 「悪くね−さ。でも、おまえのはちっと異常だなあって思ってさ…普通じゃねぇもん、強くなることへの執着が」 「…執着してるって、思う?」 一瞬、空気がひやり、と冷たくなった気がした。の目は研ぎ澄まされていて、ラビはその瞳を直視することが難しくなってしまった。 ラビはしまった、と思ったが言ってしまってからではもう遅い。つい、ブックマンとしての言い方が口先を突いて出た。しばらくの沈黙のあと、のため息が聞こえ「わたしね、守られることって、あんまりすきじゃないの」と、そう話してくれた。てっきり無理されると思っていたから、安心した。 「へぇ?けど女の子なんだし、ちょっとくらいは…」 「だめなの。守られるだけじゃ…そんなんじゃ、自分の大切なものすら守れないでしょう」 「大切なもの…」 「そう。たとえばここにいるみんな…仲間、とかね」 はそう言ってニコッといつもの悪戯な笑顔を見せてくれ、ラビは「…そだな」と言って食事を再開した。先ほどの冷ややかな空気がうそのようだ。そう…まるで「これ以上入り込むな」と警告しているかのような。 そこまで考えて、ラビはそれだけではないはずだ、と思えた。それだけではあの尋常なまでの修練を納得させるには至らない。どうしても、ブックマンとしての「知りたい」気持ちがまえに出てしまう。 不意に、の視線に気づき、ラビは今度こそどきりとした。けれども ―― はぴん、と額に指をはじいただけで、また黙り込んだまま食事を始めた。 「いてててて…!なにするんさ、!」 「いつまで経ってもぐだぐだしてるラビが悪いんだよ」 「な…、ぐだぐだって…おまえなぁ」 「そんなにつらいんなら、辞めちゃえば良いじゃない、ブックマンなんてさ」 「…ッ!」 「…なんて、無理に決まってるよね。無神経なこと言ってごめんね?」 は、ほんの少しだけ寂しそうに微笑んで、そう言った。食事の手は休まることなく、動き続けている。「…」何でもないのに、自然との名前を呼んでいた。を、悲しませてしまったのだろうか。に、寂しい思いをさせてしまっただろうか。何度も何度も、心のなかに問いかけてみるけれど、答えなんて出るはずもなかった。 ようやく絞り出た言葉は「別に、の所為じゃね−さ。俺自身、何度そう思ったことか…」そんな、自白するような言葉だった。こんな話をにして、いったいなんになるというのだろう。と話をすることで少しでも心が軽くなればと、そんな淡い期待を抱いているのだろうか?…分からない。ただ、そんなふうに思っているのなら、自分は最低だ。 「流れに任せてみたら」 「…ハ?」 「運命の、ね。わたしたちがこんなこと言うのもおかしいかもしれないけど…わたしね、思うの。 ひとにはみんな役目があって…それに従って生きてるんだって…それが運命なんだって…そう思うの」 「役目…運命…」 「もちろん逆らうことも出来るし、受け入れることはもっと容易いでしょ?だから…うん、時間に任せてみたら」 「…そうだな、それも良いかもしんねぇな」 「うん!それに、悩んでるのなんてラビらしくないよ。ね!何かあったら援助するし」 「はは、そりゃ−心強いことで」 「ラビ…いま適当に受け流したでしょ…」 「んなことねぇって。本心さ!サンキュ−な、!」 「う…うん」言って、は俯きながらひたすら食事に専念した。だって ―― あんな眩しすぎる笑顔を見せられたら、直視なんて出来ない。 ラビが、ブックマンのことでここ数日考えにふけっていたことはうすうす感づいていた。だから、何か力になれれば良いと思っていた。 言葉なんて、なんの力も持たないかもしれないけれど ―― ラビが笑顔になったのなら、それで良いと思った。それだけで、良いって思った。 女神は華やかに息をする |