あるのどかな午後の日に「ジェリ−さんにチョコの作り方教わったの。もどう?」っていうリナリ−の誘いを受けて、 わたし ―― とリナリ−はジェリ−さんの承諾を得て半日の間、キッチンを借りることにした。 必要な道具は、ジェリ−さんがある程度そろえてくれていたようで、それほど慌てずにすんだみたいだった(ジェリ−さんありがとう)

「でも、どうして突然チョコを…?きょうって誰かの誕生日だっけ?」
「…、もしかしてきょうが何の日か知らないの?」
「へ?きょう…何かのイベントの日だっけ」
「まあ、ほぼ正解だけどね…きょうは2月14日よ」
「2月…14日…?」

反復するように呟いて、部屋に立てかけておいたカレンダ−を思い浮かべ、きょうがバレンタインデ−だったということを思い出した。 「そっか!きょうはバレンタインデ−か…」そうわたしが言うとリナリ−は嬉しそうな笑顔を浮かべて「そうそう。のことだから忘れてるだろうと思ってね」と言った。 なるほど、だから気にかけて声をかけてくれたというわけか ―― やっぱり、リナリ−は優しいなあ。

「ありがとう、リナリ−。忘れちゃってたよ」
「どういたしまして。ってほんと、イベントごとには疎いものね」
「どういう意味よ−。誕生日は忘れたことないもん」
「…自分の誕生日は、でしょ」

指摘されて、うっ、と唸る。なんだか一枚上手をいかれてる気がするなあ…そう思い、わたしがうなだれていると、 リナリ−はくすくすとおかしそうな声を立てて「まあまあ。さ、早くチョコ作っちゃいましょ。お昼になっちゃう」と言ってボ−ルを手に取った。 わたしはポケットの中の懐中時計を取り出してキッチンに来て30分ほど経っていることに気づく。確かに、これ以上のタイムロスは避けるべきだ。 リナリ−に頼まれてチョコレ−トを湯銭にかけていると、不意に彼女が「は誰かにあげるの?」なんていうことを言い出した。

「ど、ど…どうして?」
「何となく気になったから」
「えっと…んと、リナリ−は…コムイさん?」

わたしがそう聞き返すと、リナリ−は少しだけ困ったような笑顔を浮かべて「…うん。あと、科学班のみんなにもね」と言った。 リ−バ−さんや神田やラビ、それから…アレン君たちのことだと思ったわたしは、なんだか少しだけ嬉しくなった。同時に、少しだけ心配になった。 こんなにみんなのことばっかり考えてて、リナリ−は本命のひとにあげられるんだろうか、って。気になって、そう尋ねてみたらリナリ−は 「わたしは…わたしのすきなひとがすきなひとと笑顔で、傍にいてくれるなら…それだけで良いの」と、そう言った。わたしがぼんやりしていると、 リナリ−は少しだけ目を見開いて「あんまりやりすぎると沸騰しちゃうわよ」って言った。わたしはあっ、と思いなべを見下ろして、安堵する。

「…リナリ−ってほんとうに優しいんだね」
「そ、そんなことないわよ。さっきのことなら、わたしがほんとうに思ったことなんだから」
「うん…だけど、リナリ−にすきになってもらえたひとは、きっとすごく幸せだね」
…案外可愛いこと言うのね…」
「むっ…案外ってどういう意味?」
「あはは、ごめんごめん。だけど…ありがとう、。わたし、と仲良くなれてほんとうに良かったわ」
「うん、わたしも」

それからは、他愛の無い話をして料理に励んだ。途中、あげるひとがいないならアレン君とラビにお願いね、って頼まれたから了承したけど、 ふたりとも、いまは任務中だし、きょう中に戻ってこれるかは分からなかった。だから…そうなるかもしれないってこと、分かってたから。 リナリ−も、それ以上は言わなかったんだろう。優しくて仲間思いのリナリ−だから、たぶんそうに違いないとは思うけど…。出来たら、きょう中にあげたいな。 そうして、チョコレ−トが出来上がったのはちょうど昼ごろだった。人数分のチョコを丁寧にラッピングして、袋の中に詰める。 ちょうど、ジェリ−さんが厨房に入ってきたから、きょうのお礼を言ってお昼を注文した。

「ふたりともきょうは良く食べるのね−分かったわ。待っててね」
「なんかお腹すいちゃって…そだ!これ、ジェリ−さんの…。きょうのお礼!」
「んま−、ありがとう!それからリナリ−も…チョコはうまく作れたかしら?」
「ええ、ジェリ−さんのおかげよ。味は…味見したから大丈夫だと思うけど…」
「ふたりが一生懸命作ったんだもの、それだけで十分よ。さ−張り切って作るわよ−」

ジェリ−さんはそう言って、意気揚々とキッチンの奥へと姿を消した。わたしとリナリ−はそんなジェリ−さんの背中を見送り、 そのあとでお互いに顔を見合わせた。それからなんだか嬉しくなって、お互いに笑い合った。なんだかんだ言って、教団のみんなはほんとうに優しい。 時々エクソシストになったことを不安に思うこともあるけれど、そんな気持ちもみんなの笑顔を見ると消えてくのだから不思議だった。 そんなとき、不意に背後から「あっ、!リナリ−!いまからお昼さ?」という、聞きなれた声が聞こえ、わたしたちは後ろを振り返った。 声の主はやっぱりラビで、隣にはイノセンスを大事そうに持っているアレンの姿もあった。

「ラビ!アレン君!お帰りなさい−」
「ただいまさ。ほれ、アレン」
「え、あ…はい…」
「? どしたのアレン君?」
「お昼のまえで申し訳ないんですが…イノセンス届けに行くの、手伝ってくれませんか?」
「うん、それは良いけど…アレン君なんだか元気ない…?」
「そんなことないですよ。任務でちょっと疲れただけです…行きましょう」

「うん」と頷いて言われるままに、アレン君について歩く。何処と無くひんやりとした廊下を、ヘプラスカのもとへと歩みを進める。 その道中も、ふたりの間に会話はなく、は何か話をするべきか考えてみたけれど、何も考えつかなくて、結局黙り込むに落ち着く。 そうして、ヘプラスカにイノセンスを渡して、わたしとアレン君は再び、もと来た道を、みんなのところへと向かって歩いていく。

「そ、だっ!あの…アレン君」
「へ?はい、なんでしょう
「きょうね、リナリ−といっしょにチョコ作ったの。
 きょうバレンタインだからって…わたしは忘れてたんだけどね、リナリ−のおかげで忘れずにすんだんだよ」

はい、と言って何処か複雑そうな笑顔を浮かべているアレン君に先ほど作ったばかりのチョコを手渡す。アレン君は少しだけはにかんで「ありがとうございます」と言った。 それから「あとで部屋でいただきますね」そう言ってわたしから視線をはずした。「このチョコ…って教団のみんなにも…?」と言葉を続けるアレン君に、 わたしは「うん。あとひとつはラビにあげるんだよ。リナリ−は室長にあげるんだって」と言った。アレン君は「はは、やっぱり兄弟なんだなあ」と、苦笑いを浮かべた。

「アレン君、」
「…そうですよね」
「へ、こ、今度はどうしたの?」
「考え込んでるなんて僕らしくないって思って…ただそれだけです。行きましょう、
「え、あ…うん?」

突然元気よく歩き始めたアレン君の背中をぼんやりと見つめながら、彼の後ろについて歩く。アレン君は、何か隠してる ―― そんな気がする。 だけど、それを聞いたりしたら、きっと苦しめちゃうかもしれない…そう思ったわたしはひとり、うん、って頷いてアレン君の隣に並んだ。 そうして、いつもの笑顔を浮かべて歩いているアレン君の左手を、ぎゅうって握り締めた。アレン君は当然のように「どうしたんですか?」と驚いたように言ったけど、 わたしはただ静かに首を振って「ううん、何となく手をつないでみたかっただけ。だめ?」と言った。そうしたらアレン君は少しだけ恥ずかしそうに、 だけど何処か嬉しそうに微笑んで「そんなことないですよ」と、そう言ってくれた。アレン君は、やっぱり優しいな。ずっとずっと、いっしょにいられたら良いな。

願わくば、この穏やかな時間が少しでも長く続きますように、

本当の幸せについて