「きょうはフィリスの誕生日だね…」


イノセンスをヘプラスカのもとに届けたばかりのコレットは、ごそごそと懐中時計を取り出した。時刻は、午後九時を少しすぎたころだ。 いまごろはきっと、誕生日会も終盤にさしかかっているころに違いない。コレットはこっそりため息を吐いて、ひとりお風呂場に向かった。 いまならきっと、誰もいないからゆっくりお風呂に浸かっていられる。


「まあ、そのまえにチェックしとかなきゃ・だけどね」


浴場についたコレットはふ・と浮かべるだけの笑みを見せて、コ−トを脱いだ。フィリスへのあいさつは、このあとにさせてもらおう。 「なにも、こんな大事な日に任務入れなくても良いのにな−。室長の意地悪−」そう愚痴をこぼしながらも、手際よく洗練を済ませる。 もたもたしていたら、フィリスの誕生日が終わってしまうもの。それだけは、なんとしてでも避けたかった。それでなくても、出遅れているのだから。


「ふう−。プレゼント、結局見つけられなかったままだったな−」


浴槽につかりながら、ぽつんと呟く。ネックレスとかイヤリングとかいろいろ考えたけれど、何か違う気がして結局眺めるだけで終わってしまった。 それをいまさら後悔しようとは思わないけれど、何もないよりは ―― と、気落ちはする。コレットはシャボン玉をつくって遊びながら、ぼんやりと浮かぶそれを見つめた。 「手品…」少しだけなら出来る、その単語を呟いて、コレットはぴん・と思い立った。確か、自室にちいさな花があったはずだ。コレットは急いで着替えをすませて、自室に戻った。








「あ、コレットおかえり。遅かったさ−」
「ラ…ラビ!?どうしたの?パ−ティは?」
「さっき終わった。コレットが悔しがってるだろ−なと思って、呼びにきたんさ」
「なあに?嫌がらせ?」


ち、違うさ!・壁に背を預けていたラビは慌ててそう言って、両手をぶんぶんと振った。その様子がおかしくて、コレットは「冗談だよ。ありがと」くすくす笑いながらそう言った。 ちいさな花束を大事そうに抱えながら、コレットは迎えに来てくれたらしいラビといっしょにフィリスのところへ向かった。いまごろは談話室か、自室にいる時間だろうと思う。 「どっちだと思う?」道中、コレットはそう言ってラビを見上げた。ラビは「さあなあ…パ−ティのあとだから談話室なんじゃね?」といって、ぽんぽんとコレットの頭をたたいた(落ち込んでる・とでも思ったのかな?)。


「フィリス−、コレット連れて来…うおっ、どうしたさそのカッコ!」
「フィリス、ただいま。遅くなってごめ…、て、あれ?」


談話室につくと、そこには確かにフィリスがいた。いたのだけれど、なんだか少しいつもと様子が違った。「コレットさん…?」そう呼んでくれる声は、いつもと変わらないはずなのに、ちょっとだけ違和感を感じる。 呆然とフィリスとラビのやりとりを見守っていたコレットは、不意に我に返って彼女の顔を覗き込んだ。「フィリス?」はじめて見るフィリスの泣き顔にコレットの心は大きく動揺したけれど、ラビの言葉を聞いて納得した。 「嬉し泣きなんて、フィリスらしいね」コレットはそう言って微笑み、ぽんぽんとフィリスの頭を撫でた(ちょうど、さっきラビがわたしにしてくれたみたいに)。


「そう…ですか?」
「うん。そうだ!お祝いがこんなギリギリになっちゃってごめんね、フィリス。誕生日おめでと」
「コレットさん…ありがとうございます…!」
「良かったな、コレット。フィリスに喜んでもらえて」


ラビはそう言って、なんだかいつもとちょっとだけ雰囲気の違う笑顔を見せた。「うん!」コレットもまたそう言って、満面の笑みを浮かべる。 フィリスはというと、また感極まってしまったのか、目を赤くして泣いていた。コレットはあした大変だろうなあ・なんて胸中で呟きながらも、「フィリス、」と柔らかく声をかけた。


―― ぽん!


フィリスが「はい?」と返事をするよりも早く、コレットは手品で持っていた花束を差し出した。こんなこと、男性が女性にするものなのかもしれないけど、これくらいしか思い浮かばなかったんだ。 「こんなのしか思いつかなくて、ごめんねフィリス」コレットはそう言って、少しだけ寂しそうに笑みを浮かべた。だけれど、フィリスはようやく少しだけ泣き止んで、その花束を大事そうに受け取ってくれた(やっぱり、フィリスだなあ)。


「いいえ…嬉しいです、とても。ありがとうございます、コレット」
「フィリス…。うん、どういたしまして!これからもよろしくね」


そう言ってコレットが手を差し出すと、フィリスもしっかりと頷いて「はい。こちらこそ」と言ってその手を握り返してくれた。涙はもうすっかり乾いていて、 その表情には心から嬉しそうに笑みを浮かべている、コレットのだいすきな笑顔があった。



指先に花の気配
お題提供