きょうは、スイスさんとシルヴィアさんのお宅にお呼ばれです。リヒテンシュタインさんもあとから合流されるそうで…両手に花ですね、スイスさん(※シルヴィス視点でお送りしております) 実はわたし、スイスさんとリヒテンシュタインさんにはお会いしたことがあるのですけれど、シルヴィアさんという方にお会いするのははじめてなんです! 他国の方からの情報によりますと、スイスさんの軍人さんで、とてもきれいでお優しい方のようで、いまからお会いするのがとっても楽しみです! そんなことを言っている間にもスイスさんのお宅に到着いたしました。それでは、行って参りますね!

「シルヴィス、よく来てくれたな」
「はい!スイスさん、お久しぶりです。お元気そうで何よりですわ」
「うむ、我輩もシルヴィスの元気そうな顔を見て安心した。そうだ、きょうはお前に紹介したい奴がいるのだが」
「あ…リヒテンシュタインさんにお伺いしました。スイスさんの軍人さんだとかで…」
「そうか…リヒテンに聞いておるなら話は早いな。…シルヴィア」

スイスさんがそう呼ぶと、「はい、スイスさん」と言うシルヴィアさんの柔らかな声が聞こえて、わたしの心音はあっという間に早くなっていきました。 はじめての方にお会いするのは、やっぱり緊張しますね。歌うような、このスイスの透き通った空気のような声色がしたかと思ったあとに、スイスさんにシルヴィアさん、と呼ばれた方が姿を見せてくださいました。 リヒテンシュタインさんとどこか似ているような雰囲気を持った、物静かでお優しい雰囲気の方です。金色の髪が風になびいて、とてもきれいでした。

「ええと…スイスさん?こちらの方は…?」
「ああ、すまんなシルヴィア。紹介しよう、小国の姫君…シルヴィスだ」
「シルヴィス様?」
「ほら、だいぶまえにお前に話したであろう?例の皇女の…、忘れたのか?」
「だいぶまえ…ああ…!そういえば、オ−ストリアさんのお宅を訪ねた途中で寄って来られるという、あの…」
「スイスさんからおはなし、伺っていたんですね。はじめまして、わたくしシルヴィス帝国の皇女、愛称をアナリアと申します」

お辞儀をして、右手を差し伸べる。少し ―― いや、かなり緊張している所為か、手のひらが少し汗ばんでいるような気がしたけれど、そんなことぜんぜん気になりません。 だって、シルヴィア様の笑顔があまりにも素敵すぎて、思わず見入ってしまっていたのです。すると、不意に手のひらが温かくなったような感覚を覚えて、わたしはシルヴィア様が握手してくださったのだと遅れて実感致しました。 「どうぞ、おかけください。お茶の用意は出来ておりますので」シルヴィア様はそう言って会釈をして、白い円形のテ−ブルを振り返った。スイスさんはというとすでに指定席に腰掛けていて、わたしたちを見つめておいででした。

「ええと…シルヴィア様、」
「シルヴィアとお呼びください。スイスさんのお友達なら、問題ありませんから」
「問題…?あ、ではシルヴィア、さん。わたしのこともどうぞ、シルヴィスなりアナリアなり、呼びやすいようにお呼びくださいね」
「ありがとうございます、アナリア」
「!」
「シルヴィス、どうした?フォ−クを落としたぞ」

椅子に座して間もなく、ガシャ−ンと言う盛大な音のあと「ア…アナリア!?」と言うシルヴィアさんの声が聞こえて、わたしはまた我に返りました。ほんとうに、きょうは驚きっぱなしです。 「あ…!と、驚かせてしまってすみません。ちょっとわたしも驚いてしまいまして…もう大丈夫です」そう言って引きつっているかも分からない笑みを浮かべて、ひらひらと片手を振る(ちょうど、国民のみなさまにあいさつするみたいに)。 「まだ…、震えてます…、」シルヴィアさんはそう言って、そっと風が頬を撫でるようにわたしの手のひらに自分のそれを重ねてくださいました。シルヴィアさんの暖かすぎる優しさに、涙が出てしまいそうでした。

「シルヴィアさんの手…暖かいですね…。落ち着きます…」
「アナリア…?どうして、さっきはあんなに驚いていたんですか…?わたし、何かいけないことをしてしまったんでしょうか…?」
「いえ!違うんです…!そういうことではなくて!愛称で呼んでくださった方はいままであまりいなくて」
「なるほど、それで感極まってしまったというわけだな。なんともシルヴィスらしいな…」

得心したらしいスイスさんはそんなふうに言って、シルヴィアさんが用意してくださっていたらしいチ−ズフォンデュを食べておりました(待ちきれなかったのでしょうか…) わたしとシルヴィアさんがぼんやりとその光景を眺めていると、不意にお向かいからくすくすという可愛らしい笑い声が聞こえて、わたしは顔を上げてみました。やはり、いまのはシルヴィアさんの笑い声でした。 「え…、シルヴィアさん…?」わたしが少し不思議そうに尋ねてみると、シルヴィアさんは「ごめんなさい…アナリア。でもなんだか…っ」そう言って、ただただくすくすと笑っているだけでした。

「えと、…あの?」
「構わん、シルヴィス。そのうち収まる、お前も食え」
「あ…はい。では、いただきます。そういえば…リヒテンシュタインさんは…まだ?」

フォークを再び手に取り、スイスさんに習ってチ−ズフォンデュを食べていると、笑うのをやめたらしいシルヴィアさんが「あ、さっき連絡があったんですよ。きょうはオ−ストリアさんのところに出かけてきますって」と、スイスさんを代弁してくださいました。 「オ−ストリアさん、いま音楽祭でお忙しいですしね…。わたしも招待を受けましたので行って参りましたが、リヒテンシュタインさんも…?」チ−ズフォンデュを食べながら、誰にともなくそう聞き返してみる。 「ええ…わたしたちはあしたお伺いする予定だったんです。少しでも長く、いろいろな国の方とおはなししたいようで」わたしの問いに答えてくださったのはシルヴィアさんで、そんなふうに話してくださいました。 オ−ストリアさんの音楽は、だいすきです。そしてそれはきっと、ヨ−ロッパ中の国のひとたちが思っていることなのかもしれません。だからこそ、オ−ストリアさんも戦争であれだけ大変な思いをされたんだと思いますし。

「でも…いまはほんとうに、世界中の方々に愛される音楽が多くて…良かったです」
「シルヴィス…?ああ、そうだな。その言葉、オ−ストリアにも聞かせてやりたいものだな」
「あら?きょうはご機嫌斜めではないんですね、スイスさん」
「…え?どうしてですか?」
「だってスイスさん、リヒテンシュタインさんがオ−ストリアさんのお家に出かけるたびに不機嫌になるんですよ」
「それは…過保護と言うより、俗に言うシスタ−コンプレックスと言うやつでは…」

シルヴィアの言葉にぴん、ときたわたしはこみ上げそうになる笑いをこらえながらスイスさんにそう言いました。そうすると、スイスさんの顔はみるみるうちに赤くなっていって、「そ、そんなものではない…!」と必死に弁明している様子が逆におかしく、 わたしとシルヴィアさんはお互いに顔を見合わせて、スイスさんには悪いとは思いながらも、とうとう大きな声で笑ってしまいました。「わ…我輩をからかうとは、良い度胸である…!」ポコポコ、と湯気が見えているスイスさんに、 さすがに申し訳なくなったわたしとシルヴィアさんは笑うのをやめて、「ごめんなさい、スイスさん」と正直に謝りました。別段、からかっているわけではなく、ただ純粋におもしろかったから笑いがこみ上げた、それだけなのですけれど。

「まったく…女性と言うのはどうしてこう…」

ブツブツと何か呟いているスイスさんがまたおかしくて、シルヴィアさんとわたしはまた笑ってしまいそうになりましたけれど、同じ過ちはもう犯しません。ふ、と微笑むだけの笑みを浮かべて、 それからは静かに残ったチ−ズフォンデュを食べました。そして、日差しが落ちて風が少し肌寒く感じるようになったころ。わたしは食べ終えてから木陰で読んでいた本とスケジュ−ル帳を閉じて、立ち上がりました。 ここを離れるのは忍びなかったですが、そろそろ帰らなければならない時間です。わたしは近くで居眠りをしていたスイスさんと、その隣でスイスさんの寝顔を眺めていたシルヴィスさんに声をかけました。

「あの…、スイスさん。シルヴィアさん。そろそろ時間なので、失礼します」
「え…?もうそんな時間なんですか…」
「はい…。きょうは、シルヴィアさんとおはなし出来てとても…、とっても楽しかったです」
「はい、わたしもです。よろしければまた、いらしてくださいね?アナリア」
「…!はい、必ず来ます。それまでぜったい、無理しないでくださいね」
「! はは、がんばります」
「やれやれ…、がんばりすぎておるのがバレバレではないかシルヴィア。あのシルヴィスでも分かってしまったぞ」

むくりと体を起こしたスイスさんはそんなふうに言って、シルヴィアさんの頭を軽くぽんぽんとたたいておりました。「分かります…、シルヴィアさん。疲労は、溜まれば溜まるほどごまかせなくなってしまうものなんですよ」…だから。 わたしは最後にその言葉だけを隠して、シルヴィアさんの顔をまじまじと見つめました。するとシルヴィアさんはようやく、観念したように「分かりました。そんな目で見つめられてしまっては、仕方ありませんね」と言って肩をすくめました。 「では。おふたりとも、お元気で」わたしはそう言ってふたりに頭を下げました。スイスさんも「気をつけて帰るのだぞ」とお声をかけてくださり、シルヴィアさんもまた笑顔で手を振って見送ってくださいました。 ですからわたしはもう一度お辞儀をして、ふたりに背を向けました。振り返るとそこには、とても穏やかで雄大な景色と、黄昏に染まる青空が広がっていて、この世にある美しいものすべてが、ここにあるような気さえしました。

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