「あれ?明未ちゃん?」 聞き覚えのある、そんな朗らかな声が耳に届いて、書類の束を抱えていた明未は360度体の向きを変えた。 そこには、先刻任務を終えたばかりなのだろう子梛がいて、明未の表情も自然と柔らかなものになっていった。 彼女に会うのも、なんだかほんとうに久しぶりのように思う。「お久しぶり!」そう言って、小走りに駆け寄る。 「ええ、ほんとうに久しぶりね。合同任務?」 「…の、サポ−ト!正しくはね」 「そう…でも今回は大変だったでしょう」 「うん、まぁ。それより明未ちゃん、これからお昼?」 そんなふうに言われて、時計を見上げる。お昼と言うには少し遅い時間だが、そろそろ空腹も限界だったところだ。 五十嵐課長の手伝いも終わったことだし、手持ち無沙汰のいまなら ―― いや、正しくはいましかない、か。明未はそう思って「そうね」とだけ言っておいた。 すると子梛は嬉しそうに笑みを浮かべて「じゃあ、木陰でお昼いっしょに食べない?わたしもちょうど時間が出来たとこなんだぁ」そう言って、明未を見る。 「…そうね。じゃあわたし五十嵐課長に一言言ってお弁当持って来るわ」 「五十嵐課長?班長じゃないの?」 「わたし、きょうは一日五十嵐課長の手伝いをしていたの。さっき仕事を終えたところよ」 「ふうん?そうなんだ。じゃあ、ベンチのとこでね!」そう言って子梛は走り出し(まえ見ないで…大丈夫かしら)、あっという間に見えなくなった。転ばないか心配だったけれど、 大丈夫だろう…と思いたい。明未は小さくため息を吐いて、もう一度課長のもとを訪れた。「課長、お疲れ様です。先にお昼もらって良いですか?」そう言うと五十嵐課長は、 丸椅子を回転させて「ああ、どうぞ。悪かったな、こんな時間までつき合わせて。午後は班長のところを頼むよ」と言っていつもの笑みを浮かべた。 「…分かりました。では」明未はそう言って一礼し、部屋を出た。そうしてお弁当を手に、法務省の建物の外に設けられたベンチに向かった。 「…あら、早いのね」 明未のそんな声に、子梛は「うん!待ち切れなくて、秒単位で来ちゃった!」そう言ってえへへ、と笑った。まるで子供のような無邪気な笑みに、明未は疲れが癒えていくのが分かった。 「でも良かったわ。ちょうど木陰になってて」そう言いながら、子梛の隣に腰掛ける。もう少し早い時間だったら、カンカン照りだったもの ―― そう付け加えて、弁当箱を広げる。 「そうだねぇ」うんうん、と頷きながらそう言う子梛の表情は、別段いつもと変わりはないように思えたけれど、どことなく張り詰めているように思える。うまくは、言えないけれど。 見ていられなくなった明未はお弁当の中身をつまみながら「無理は良くないわよ?無理をして話すこともないけれど、ね」とだけ言って、少しだけ目を伏せた。 「分かるんだね…、明未ちゃんには」 「わたしの直感だから、あんまりアテにならないんだけどね」 そう言って明未は微笑み、水筒のお茶をすすった。「そんなことないよ…」そんな子梛の、いまにも消えてしまいそうな声が耳に届いた。穏やかな静寂の中、聞こえるのは車の往来の音だけだ。 時折、風で揺れる葉の音が心地よく耳に響く。弁当の大半を食べ終えた明未は、ほんの少し子梛の様子を伺って「無理に笑うこともないと思うわ。だって、余計疲れちゃうでしょう?」そう言った。 「それに…そうすることが強いことだとは、思えないわ」付け加えるようにそう言って、そっと微笑む。「明未ちゃ…」子梛のそんな声が聞こえたかと思うと、明未の目のまえに涙をにじませた彼女の表情が映った。 「子梛さん…、がんばってたのね…?」 なんとなく、そんなふうに思えた。それが事実だと、思えてならなかった。膝で涙を流す子梛の背を、ぽんぽんと軽くたたきながら、明未は「がんばったわね」と呟いた。 聞こえていないかもしれない ―― いや、それでも構わないと思った。子梛がまた、あの眩しい笑顔を見せてくれるのなら、それで構わないと思えた。だって明未は、 子梛のあの、太陽のような笑顔がだいすきだったから。子梛がまた笑えるように、たくさん涙を流して欲しい。理由を聞く必要なんて、ない。そんな必要、どこにもなかった。 「落ち着いた?」ほどよく時間がすぎたころ、明未はゆっくりと顔を上げた子梛にそう言って、首をかしげた。 「うん…、ありがと、明未ちゃん」 「どういたしまして。良かった、もう大丈夫みたいね」 「…ん、明未ちゃんのおかげだよ。でも…聞かないんだね、理由」 「ええ…わたしには、その資格はないもの。たとえあったとしても、それを上手に聞く術を持たないわ」 明未はそう言って微笑み、包んだ弁当箱を持って立ち上がった。「さて、戻りましょう。だいぶん時間が下がってるわ」そう言った明未は子梛のほうを振り返った。 ぼんやりと空を仰いでいた子梛の横顔は、まだほんの少し名残惜しそうに見えたけれど、きっともう大丈夫だろう。「子梛さん?」そんなふうに名前を呼んで、振り返る彼女の笑顔に安堵する。 うん、やっぱり子梛さんには笑顔がいちばんよく似合うわ ―― 明未はそう思い、再び彼女に背を向けて歩き始めた。自分の後ろをついて歩く子梛の靴音を、耳に刻みながら。 だけどわたしたち、こんなにいびつで | お題提供 |